私の病気がわかったときのこと。さっきまで普通に体育やってたのに…/『2409回目の初恋』②

文芸・カルチャー

2020/5/8

2409回目の初恋 (LINE文庫)

著:
イラスト:
出版社:
LINE
発売日:

榊詩音は11歳の頃、天文クラブのイベントで一緒に星空を見た男の子、芹沢周に恋をした。高校生になり周と再会した時、彼女は病気で余命1年と宣告されていた。ここからふたりの、千年を重ねる物語が始まる――。

『2409回目の初恋』(西村悠/LINE)

▼6月13日

 結局日記、三日坊主だったなーって思いながら死ぬのは嫌なので、再び机に向かうことにした。今日は書くことを決めておいたから。昨日みたいに、書くことがなくて困る、ということもない、はず。多分。

 私の病気のことについて書こうと思う。そう、私を殺す予定の病気について。

 まあ、あくまで予定なんだけどね。急に治療法が判明して、死ななくて済むっていう可能性だって、なくはないわけでしょう? なんとなく、そうなると思ってるんだ。だって私、全然元気だし。

 病気の詳しいことはわからないし、自分でも不思議なくらい、病名とかどうでもいいんだ。それを知ってどうなるものでもないし、調べれば調べるだけ、気持ちが重く暗くなっていくような気がするから。なるべく知らないままでいたいし、この先どうなるかも知りたくないし、これから生活するうえで、注意することだけ教えてくれって先生やお母さんお父さんにも言っておいたんだ。

 

 病気だってわかったのは、一か月くらい前。

 体育の時間、体操のテストで、運動の得意な子がバク転やらなにやらを決める中、憂鬱な気持ちで渾身の後転を披露してたとき。

 後転が終わって、すごく適当な拍手の中、ため息を吐きながら立ち上がったあと、いきなり世界がぐるぐる回り出した。あれ、私、また、こんななんでもない後転を披露してるんだっけ? どんだけ後転に自信あるんだよ。なんて、他人事みたいにバカなことを考えてる間に、地面のぐらぐらがめちゃくちゃに大きくなって、倒れた。

 倒れるとき、色んなものがゆっくりに見えたんだ。これまでの人生で気を失ったことなんてなかったから、これがそうか! ってちょっと感動した。

 倒れるとき、窓の向こうに空が見えてね。すごくきれいな青色だったのが、なんだか妙に印象に残ってて、それが不思議と腹立たしいんだよね。なんでだろ。

 

 目を覚ましたとき、すぐに感じたのが鼻の奥に来る、薬の匂い。それで病院かなって、思ったんだ。それから痺れるような痛み。腕を見ると点滴がしてあって、それからぼんやり天井を見て、ああ、やっぱりここは病院なんだなって、そう思った。

 倒れてからもう三日くらい経ってたらしくて、目を覚ましたら、お母さんが信じられないような顔して、私を見て、抱き着いてきて、泣いた。すごく大きな声で、顔を真っ赤にして泣いてた。意味がわからなかった。

 だってお母さんはとても強い人で、私はお母さんが泣いたところを、見たことがなかったから。

 お母さんも泣くんだって、そのことにばかり驚いてた。

 これは大事だぞって、思った。

 そのうち、お医者さんの先生が来て説明してくれた。

 私は死ぬところだったらしい。

 はあ? って思わず声が出た。

 なんだか難しい名前の、治療もやっぱり難しい、というか治療法が見つかってもいない病気で、もう一度目を覚ましたこと自体が、奇跡なんだって。

 それでね、しばらく黙ったあと、私をじっと見て言うんだ。

 あと一年ももたない命です、って。もう手が付けられないくらい、病状は進行してて、もう少し早く検査してれば、早期発見ができていれば、結果は違ったのだろうけど、という話をされた。

 また変な声が出た。うへえって感じの、間の抜けた声。自分で笑っちゃった。

 よくある映画やドラマの、よくある展開の中に放り込まれた感じがして、急に主人公っぽくなったみたいで、そんな柄じゃないのにな、とか思ったんだ。

 でも、私以外は、誰も笑わなかった。なんだか取り残されたような気持ちになって、それはちょっと寂しかったかもしれない。

 多分わざとなんだろうけど、お医者さんはロボットみたいに、無表情な感じで説明してくれた。可能な限りの治療は続けるんだってさ。

 でもそれは根本的な治療じゃなくて、なるべく長く生きられるようにする治療。ええと、そう、対症療法ってやつ。

 お父さんは何度も、本当に可能性はないんですか? って聞いてた。何度も何度も。そのたびに返ってくる答えは同じなの。

 ちゃんと治すのは無理なんだって、現代医学では。

 全然現実感がなかったな。

 私の感覚じゃ、ついさっきまで、普通に体育やってたんだよ?

 憂鬱な気持ちで後転してたんだよ?

 数時間前まで、いつもの光景の中にいたんだから。それが死ぬって言われてもね。

 それで、その感覚はいまだにあるんだ。

 死ぬって言われてもね、な気持ちはずっと続いてる。

 またまたそんな、っていう感じ。

 その日は、いくつか簡単な検査をしただけで、すぐに退院しちゃったし。

 それからはずっと自宅療養で、学校には行けてないけど、元気だし。ご飯もおいしい。

 明日からは学校行くしね。

 今のところは大丈夫そうだからってお医者さんに許可もらってるんだ。

 多分だけど、ずっと大丈夫なんじゃないかな。そりゃ、ほんの時々くらくら来ることはあるけどさ、それくらいだし。

 全然、元気だし。

 平気。

 うん、大丈夫。

 こんな元気なのに、死ぬわけないじゃん。

 それより学校だよね。

 入院中とか、皆遠慮してたのか、あんまり連絡くれてなくて、寂しかったし、その分楽しみだし、その分、ちょっと緊張してる。

 駅前に新しい喫茶店ができて、そこの南仏プロヴァンス風どら焼きとかいうのが、かわいくて美味しいってよっちんや高奈が言っててね。私が気を失った日の放課後、二人と一緒に行く予定だったんだ。だから、最初はそこに行きたい。ぐだぐだしゃべりたいなあ。そういうの、しばらくしてないから、もうずっとしゃべり倒したい。

 あとカラオケ! 久しぶりに思いっきり歌いたいなあ! びっくりすることに、あれだけ嫌だった学校の授業だって、ちょっと楽しみなくらい。

 学校に行って、皆と話して、笑って、それでやっと、私の日常が戻ってくる気がするんだ。

 ああ、本当に、楽しみだな。

<第3回に続く>

この記事で紹介した書籍ほか

2409回目の初恋 (LINE文庫)

著:
イラスト:
出版社:
LINE
発売日:
ISBN:
9784910040158