「わたしはなにも知らなかった…」熊本くんが出演しているアダルトビデオを再生すると…/熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス⑦

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/16

顔よし、からだよし、性格よし。そのうえ読書家。なんだか現実味のないイケメン、熊本くん。仲のよい「わたし」は、どうやら熊本くんが、ゲイ向けアダルトビデオに出演している、という噂を聞く…。第4回カクヨムWeb小説コンテストキャラクター文芸部門大賞受賞の小説から、その一部をお届けします。

『熊本くんの本棚 ゲイ彼と私とカレーライス』(キタハラ/KADOKAWA)

 まつりは机に座った。わたしも椅子に腰を下ろした。

「わたしたちは結局のところ、ある決められたレールから逃れることは不可能。わたしたちは世の中で流行っているモードにあわすことしかできない。あるいはモードから外れるというスタイルをとることしかできない」

 ああ、こいつはまつりじゃない。わたしは思った。まつりはこんな抽象的で、無意味なことを口にしたりしない。彼女は意地が悪く、兄の女たちを憎んでもいたけれど、この女は、まつりじゃない。

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「まさかあんた、死人がなにかメッセージを伝えたくて夢にでてくる、とか思ったりしないよね。そんな生きてるやつに都合のいい解釈してないでしょうね」

 まつりみたいな女が薄ら笑いを浮かべる。結局、この女はなにをいいたいんだろうか。夢だというのに、だるく、眠い。

「だから、素直になりなよ」

 だから、と接続されるにはずいぶん飛んだなあ、あんただってからっぽだよ。

「おやすみ」

 

 目が覚めた。まだ夢の延長にいるようだった。スマートフォンの時計を見ると、昼過ぎだった。熊本くんからラインがきていた。

『欲望という名の電車、渋谷でかかるらしいからいこうよ』

 わたしは水を一杯飲み、テーブルの上にある紙袋をあけた。パッケージのモデルと目があう。ディスクをパソコンに入れた。

『いまやってるの?』

 わたしは返信した。

 ソファーに座っている熊本くんが画面にあらわれた。じゃあ名前とプロフィールを教えてください。タカハシタクミ、身長は百七十九センチで体重は七十二キロです。年齢は? 十九です。

 笑えた。タカハシタクミ。高橋一生と斎藤工をくっつけた芸名なんだ。年を微妙にごまかしている。

 スポーツはなにやってるの? ライフセービングをしてます。部活? そうです。そうなんだ、ガチなんだ。ガチですねえ。じゃちょっと脱いでもらっていいかなあ。すげえガタイいいじゃない。胸とか、動かせる? おお、やべえな、毎日トレーニングとか。ああ、はい、そうです。

『いく。何時にどこ?』

 単刀直入に聞くけど、タクミくんってセックス好き? はい、結構、いやかなり。彼女いんの? ああ、いますね。つきあってどんくらい? 半年くらいですかね。彼女に内緒でこんなのでちゃって。彼女とは週にどんくらいやってんの。部活忙しくてあんまり会っていないです。じゃ溜まってるでしょ。はい。だったら今日はね、気持ちよくなってもらって。はい。

『六時半に東急の本店前で』

『りょ』

 ペンギンが敬礼しているスタンプが送られてきた。

 わたしは、映像を流しっぱなしにしながら、インスタントコーヒーを飲んで、食パンを焼いた。

 喘ぎ声が熊本くんの口からもれだしたとき、少しヴォリュームを下げた。サングラスの男に、熊本くんは乳首を舐められ、下着のなかに手を入れられている。

 彼女とか、こういうことしてくれるんの? いや、ないです、そんな。彼女の名前なんていうの。まつりです。まつりちゃん? めずらしい名前だね。

 わたしは止まった。わたしの時間だけ静止しているのが、身体をよじらせて悶え続けている熊本くんでわかった。

 男は熊本くんの性器を下着からだし、器用に手で扱いだす。そのうち男は顔を埋め、のみこんだ。熊本くんは目を瞑り、身体を小刻みに震わせ続けている。モザイクはかかっているのだけれど、部分が見えるように男は頭を大きく動かしながら、一定のリズムで熊本くんを刺激し続けている。部屋中に荒い息づかいが満ちた。

 まつり、なんてよくある名前ではない。タカハシタクミは彼女に内緒でビデオにでている。体育会系のライフセービング部に所属していて、たまにしか彼女と会うことはない。

 熊本くんとタカハシタクミは同一人物だ。本名は熊本祥介で、まもなく二十一になる。身長と体重は、わたしはよく知らない。読書だなんて無難な趣味。二十四時間営業のジムでストイックに、深夜トレーニングしている。滋賀県出身で、大学ではわたしとあまり関わりない男友達が何人かいる。女友達はわたしだけ。たまに料理を作って、わたしにご馳走してくれる。彼女がいるのか、それともゲイなのか、わたしは、知らない。

 あ、でそうです。

 熊本くんのことを、わたしはなにも知らなかった。

 まつりのことだって、なにも知らなかった。

 いいよ、だして。はい。いつも彼女とやってるとき、なんていってるの。まつり、でるよ。

<第8回に続く>