ハートフルが怖い/巴奎依の社会不適号⑦

アニメ

公開日:2020/11/13

巴奎依
撮影=山口宏之

自粛期間をきっかけに、今まであまり触れてこなかったエンタメにも少しずつ興味を持つようになりました。

いつでも見たいものを見たいときに見られる時代のおかげで、自分の中で何となく好きなもの、何となく嫌いなものを、自分の意思で取捨選択できるようになったのが、私はとても過ごしやすいです。

映画にしろ、小説にしろ、何となく自分が好きだと思うジャンルってありますよね?

私の場合、最後まで見てもいまいちよく分からなかったり、哲学的な面白さのある作品が好きだったりします。

そして、ハートフルお涙ものがめちゃくちゃ苦手です。

もしかしたら、ハートフルものが苦手だから、
その真逆な作風を好きになりやすいのかもしれません。

ハートフルが苦手というよりは、ハートフルに対して未知の恐怖心を抱いている、という表現の方が近いです。

元々、眩しいものが苦手で
やたらポジティブな歌だったり、眩しい喋り方をする人だったり。

少なからず私が出会ってきた眩しいもの達って、感情論と限りなく近かったんですよね。

ポジティブな歌、と聞いて想像した歌がそれぞれあると思いますが、何となく感情論的な歌じゃないですか?

感情論を大切にしている人って、本当に素直でキラキラしていて心が美しいから、感情論でこそ人の心は動くと思い込みがちな気がして。

だからか、ハートフルという言葉には、謎の威圧感を感じてしまうわけです。

そして私が恐怖心を抱いている1番の理由は、ハートフルは少人数では始まりにくいという点。

数少ない私の中のハートフル作品を思い浮かべても、やっぱり必ず3人から。2人ではハートフルよりも、恋愛とか、また別の方角になりやすい気がするんです。

私が最近ハマっているホラーもので例えるのなら、サスペンスホラーの場合は、実は犯人は、物腰柔らかいと思っていたこの一家だった!というオチ、よくありますよね。

サイコホラーだと、そもそもその一家の家に足を踏み入れたことにより、物語が進んでいくことが多いです。特に洋画は。

でも、もしかしたらきっと、それぞれその一家からしたら、ハートフルものとして話は進んでいるのかもしれないわけで。

そういう表裏一体感を感じるんです。

私にとってハートフルとはホラーである!と言ってしまうとそれは極論ですが、
ホラーを観ているときに感じるような、胸のざわめきがハートフルにはあるんです。

ホラーもののオチとして、一家が犯人だったり、何らかの組織が原因だったりしがちということは、
もしかしたら私のようにハートフルに対する恐怖心を感じている人が他にもいるからかなと願っています。

ともえ・けい
1月5日、東京都出身。2012年よりA応P(アニメ“勝手に”応援プロジェクト)のメンバーとして活動をスタート。2020年8月2日に、A応Pを卒業。「DJサブカルクソ女」としても活動中。社会不適合者(自称)。
公式Twitter:@kei_tomoe
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