5年間の東京暮らしで手に入れた“ふつう”。それなのに…/『しくじり家族』③

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/1

葬儀はカオス。耳が聴こえない、父と母。宗教にハマる、祖母。暴力的な、祖父。ややこしい家族との関係が愛しくなる。不器用な一家の再構築エッセイ。

しくじり家族
『しくじり家族』(五十嵐大/CCCメディアハウス)

手に入れた〝ふつう〞

 東京に出てきてからの五年間は、ほとんど帰省しなかった。佐知子から「おじいちゃんの具合が良くない」とか「おばあちゃんの認知症が進んでるの」などと連絡をもらっても、絶対に帰ろうとはしなかった。きっと、現実と向き合うのが怖かったのだと思う。

 ひとたび家族を前にしてしまえば、せっかく東京で築き上げてきた「〝ふつう〞の人生を歩んでいるぼく」という自覚が崩壊し、あらためてそれが仮初の姿であることを突きつけられてしまうだろう。

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 それなのに、いよいよ祖父が危ないという。

 新幹線の車内から見える風景は、ベタッとした黒に塗りつぶされていた。真っ黒に塗り替えられた窓ガラスに、まだなにもしていないのに疲れ切った表情を浮かべたぼくが映っている。

 面倒なことになったな。

 祖父を心配するでもなく、家族との再会を楽しみにするでもなく、久しぶりの帰省に対して浮かんでくるのはネガティブな感情だけだった。

「まもなく仙台、仙台です」

 響き渡るアナウンスを耳にし、ため息をつく。立ち上がり、カバンを持ち上げると、大した荷物も入っていないのにやけに重く感じた。

<第4回につづく>

五十嵐 大(いがらし・だい) 1983年、宮城県生まれ。ライター、エッセイスト。2020年10月、『しくじり家族』でデビュー。他の著書に『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』がある。
Twitter:@igarashidai0729