ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【7月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/7/19

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

瑞々しい文体でつづられる新鋭の監督が、自らノベライズした『海辺の金魚』(小川紗良/ポプラ社)

『海辺の金魚』(小川紗良/ポプラ社)
『海辺の金魚』(小川紗良/ポプラ社)

 長い自粛が続く中で心に潤いを与えてくれるのが、本と映画と音楽だ。過剰摂取しても身体に悪くないし、これだという作品に出会えた時の高揚感ったらない。自分にとってのコレクションが増えていくような愉悦は何歳になっても感じたいと思う。最近印象的だったのは『半沢直樹』でも存在感を放っていた西田尚美さん主演の映画『青葉家のテーブル』(蛙亭の中野周平氏も味わい深かった)だ。大人も若者も人と人とが正面からぶつかりあい精いっぱい生きようとする姿とトクマルシューゴが手掛ける音楽が30代の琴線に触れ泣かせてきたのである。

 と長くなったが、本作は、映画『海辺の金魚』を監督・小川紗良さんが自らノベライズし、表題作含む4編からなる連作短編集。児童養護施設「星の子の家」で主人公の18歳の少女・花(母親はある事件を起こし離れ離れとなった)を含む7人の子どもたちと施設長が、広すぎない屋根の下で生活をともにする。家族に”逃げられてしまった“子どもたちにとって、「家族」の何がいいのかなんて知る由もない。それでも、肩を寄せ合い前に進んでいく。花は、大人にはなりきれない子どもともいえる年頃だけれど、事情を抱え施設にやってきたひとりの小さな女の子に昔の自分を重ね、葛藤しながら向き合い立派な女性へと成長していく。本作を通して、小川さんが子どもたちの視点をとても大事に、その存在を一人の人間として尊重しながら物語を進めている誠意が感じ取れる。

『海辺の金魚』は小川さんの1作目の小説だが、2作目、3作目と読んでみたくなった。雨や土の匂いまでもが滲み出るような瑞々しい文体と繊細な描写。完成されたディナーというより、料理される前の素材のしっかりした味わいを噛み締めるような作業だった。

中川

中川 寛子●副編集長。オリジナル連載強化中。映画と言えばUberEatsを通してコロナ禍の社会問題を炙り出す映画『東京自転車節』を応援中。最近、水木しげるの『コミック昭和史』を読んでこのころも今も働く人々の心の問題はあまり変わってないんじゃないかと思いました。


advertisement


夏の夜空を彩る花火。誰とどんな思い出がありますか……?『百花』(川村元気/文藝春秋)

『百花』(川村元気/文藝春秋)
『百花』(川村元気/文藝春秋)

『百花』は、認知症と診断され、息子を忘れていく母親と、徐々に記憶を失っていく姿を目の当たりにして、母との過去を思い出していく息子の物語だ。病状が進行する中、ふと我にかえり息子に謝る母親。自分を忘れ次第に幼くなっていく母親を前に自分を責める息子。お互いを思う気持ちに、胸が締め付けられる――。

 特に花火のシーンが印象的で、花火は終わった後に忘れられてしまうから悲しいと言った息子に対し、「そうかもね……でも色や形は忘れても、誰と一緒に見て、どんな気持ちになったのかは思い出として残る」と答えた母親の言葉になるほど……と感じた。父が席取りを失敗して全然見えなかったけどそれでも楽しかった年のこと。友人と行った花火大会で具合が悪くなり、友だちの優しさに助けられたこと。花火はすぐに忘れてしまうのに、その時感じたことは不思議と鮮明に覚えていたりする。人は忘れてしまう生き物だけど、誰かと分かち合った感動は、たとえひとりが忘れてしまっても、もうひとりの中で、残り続けているかもしれない。もしかしたら、その記憶は宝物のように扱われていることもあるかも。

 そろそろ夏本番。とはいっても、東京都はお盆明けまで緊急事態宣言が発令され、全国的にもまだまだ自粛ムードが続き、全国各地の花火大会の中止が相次いでいる。花火、夏祭り、フェス、ビアガーデン…… 夏のお楽しみは今年もまだお預けになりそうだけど、今の幸せな記憶を大切にしたい。そして、将来もし私が忘れてしまうことがあっても、誰かの中に残り続けてくれたら素敵だなと思う。

丸川

丸川 美喜●育児やホラーなどの連載を担当。2歳児を子育て中。生まれて一度も花火を見たことがない息子。今年は、手持ち花火をしようと思います。