ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【7月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/7/19


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人が人を思い、ただ真っすぐに向き合う姿に涙『レゾンデートルの祈り』(楪一志:著、ふすい:イラスト/KADOKAWA)

『レゾンデートルの祈り』(楪一志:著、ふすい:イラスト/KADOKAWA)
『レゾンデートルの祈り』(楪一志:著、ふすい:イラスト/KADOKAWA)

 静かに、でも強く感情が揺さぶられる小説だった。舞台はある感染症がきっかけになり安楽死が合法化された近未来の日本。安楽死希望者に会い、むやみな死の選択をさせないための職業・アシスター(人命幇助者)である遠野眞白(ましろ)という名の女性が主人公の物語。「普通に生きられない」「死ぬのは怖いが、それ以上に生きることが怖い」……彼女は新人アシスターとして、年齢も境遇もさまざまな安楽死希望者と向き合い、心の奥底にある「生きたい」という光があることを信じ、彼らと向き合っていく。驚いたのは、そんな重くて正しい答えを出すことが難しいテーマであるにもかかわらず、読後にロス状態になったことだ。生きることをあきらめてしまった人々に対して自分ならどう接するだろうか、思いとどまらせることはできるだろうかと考えながらページをめくっていると、眞白の飾り気のない、ただただひたすら真っすぐにその人のことを思った言葉と行動にはっとさせられ、もっと眞白のことを見ていたいと、いつの間にか引き込まれていたからだ。さらに物語の終盤、それまで物静かな眞白が感情をあらわにする場面には思わず涙してしまった。“死”というモノクロをイメージするストーリーのなかに、江ノ島の自然や鎌倉の街並み、季節の花々が美しく描かれているのも印象的だった。そんな優しく柔らかな色彩もこの物語の温かさをじんわりと伝えてくる。押しつけではなく、でも力強く、生きていく勇気をくれる物語だ。

坂西

坂西 宣輝●緊急事態宣言でまた帰省が延期になりました。帰っても両親に顔を見せることしかできないけど、こんな時代だからこそ会える時間を大切にしたいと思いました。さて、いつ帰れることやら……。


「コント的思考」のススメ。『別役実のコント教室––不条理な笑いへのレッスン』(別役実/白水社)

『別役実のコント教室––不条理な笑いへのレッスン』(別役実/白水社)
『別役実のコント教室––不条理な笑いへのレッスン』(別役実/白水社)

 テレワーク中心の生活になってからというもの、パソコン画面越しでのコミュニケーションが当たり前になった。慣れたと言えば慣れたけれど、Wi-Fiの不安定さやマイクの感度の悪さが原因で、ギクシャクする瞬間もしばしば。とくに僕は表情が変わらないらしく、感情を読み取れないとよく言われる。リモート会議は悪い意味で「言葉のキャッチボール」のみに終始してしまう。

 オンラインセミナーを受講する機会も増えた。たまにものすごく面白いセミナーに出会うことがあるが、そういう時はだいたい語られている内容よりも、話し手の話術や面白がらせるテクニックに感動していることが多い。営業職でありながら話し下手の僕は、素直に見習いたいと思ってしまう。

 そんななか手に取ったのがこの『別役実のコント教室––不条理な笑いへのレッスン』。劇作家の別役実さんが2001年におこなった「劇作セミナー」の授業を単行本化したものだ。一般参加者がお題に沿って書いたコント作品を別役さんが添削して、コントと演劇の境界線、そして「笑い」の奥深さについて論じている。別役さんの劇作における「せりふ(会話)」のこだわりについて書かれた箇所が印象に残った。

 動きであること。的確であること。簡潔であること。軽やかであること。

 最近、ビジネスメールや普段の会議にもエンターテインメント性が必要だと感じることが多いのだけど、この4つのポイントは劇作のみならず、人間の営みすべてに通ずるように思えた。あと、どんな局面にも「笑い」があることは大事。そんなことを僕はこのコント教室から学びました。

今川

今川 和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。行きつけの書店で見つけた出版社11社の共同企画「四六判宣言」というフェア。四六判サイズの書籍の名著がまとめて展開されていて、本書もそこで見つけました。心くすぐられるラインナップでした!


怪談実話といえば! 骨身に異界の温度を感じる体験『現代百物語 新耳袋 全10巻』(木原浩勝、中山市朗/ KADOKAWA)

『現代百物語 新耳袋 全10巻』(木原浩勝、中山市朗/ KADOKAWA)
『現代百物語 新耳袋 全10巻』(木原浩勝、中山市朗/ KADOKAWA)

 怪談蒐集家の中山市朗氏、木原浩勝氏が体験者への取材をもとに集めた怪談を互いに語るという形で収録された本書。大小さまざまな実話が1冊99話(扶桑社版の1冊のみ100話)ずつ、10巻にわたって重ねられている。本当にさりげなく何気ない話もあれば、第四夜に収録されている「山の牧場にまつわる十の話」や第六夜に収録されている「居にまつわる二十の話」(幽霊マンション)などの“大物”もある。

 どこかの誰かが言ってたんだけど……という風に都市伝説になってしまいそうなレベルの不可思議。もしくは民話の中で読んだような王道クラシックな怪異。その「正体」とも言える体験者自身の話が直接読めるのだ。これほど極上の恐怖体験は無い。また怪談実話ブームの火付け役とも言える名作であり内容は膨大な話数があるため、怪談好きなら一度は聞いたことがある話の“元”がこれだったのか! と驚く場面もあるだろう。

 私が特に好きなのは切なさやあたたかいものを感じる「絆(第五夜)」「守(第六夜)」「狐狸妖怪(各巻)」の話。そして好奇心の疼きが止まらない「UFO」「山の牧場」の一連(第四夜)、言葉では説明しがたい「迎賓館(第九夜)」。怖さだけでなくいろいろな感情を味わえる怪談。もし未読の方は行間に想像を巡らせながらじっくり読んでみてほしい。

遠藤

遠藤 摩利江●メディアファクトリー版『新耳袋』の装丁はブックデザイナーの祖父江慎さんによるもので、色使いも表紙も小口塗り(天地もだが)もヴィヴィッドで大好きなのですが、カバー下に隠された写真でいまだにどの話に関連するものか分からないものがあり……。ググっても答えが見つからず思い返しては探すことがあります。