刑事・日岡を刺したチンタは実は…/小説 孤狼の血 LEVEL2 ③

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更新日:2021/8/18

小説 孤狼の血 LEVEL2 (角川文庫)

著:
その他:
出版社:
KADOKAWA
発売日:

2021年8月20日公開の映画『孤狼の血 LEVEL2』。そのノベライズ『小説 孤狼の血 LEVEL2』から全5回で物語の冒頭をお届け。広島の裏社会を治めていた呉原東署の刑事・大上が亡くなってから3年。大上の後を継いだ刑事・日岡によって取り仕切られていた暴力組織だったが、出所してきた要注意人物により抗争の火種が再び沸々と燃え上がろうとしていた。

※本記事には一部不快感を伴う内容が含まれます。ご了承の上、お読みください。

小説 孤狼の血 LEVEL2
小説 孤狼の血 LEVEL2』(豊田美加:ノベライズ、柚月裕子:原作、池上純哉:映画脚本/KADOKAWA)

「あいた!」

 取調室の机に勢いよく頭を叩きつけられたチンタは、思わず悲鳴をあげた。

「いくらアホでもわかるじゃろうがいや。刑事をぶっ刺しといてタダで済む世界がどこにあるんじゃこんボケが!」

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 チンタの髪を鷲づかみにして押さえつけているのは、友竹だ。

「すんません! ほんますんません!」

「すまんで済んだら、不動産屋はいらんのんじゃ!」

 髪を引っ張って顔を上げさせ、すかさずもう一方の手で突き飛ばす。外見は痩せぎすのインテリふうだが、中身はやはりマル暴の刑事だ。

「……ったぁ……」

 頭から壁に激突したチンタが呻いていると、取調室のドアが開いた。

 日岡だ。刺し傷を負った背中をさすりながら入ってくる。

「日岡、大丈夫なんか?」

 ドアの近くに立っていた菊地が心配そうに訊ねると、日岡は小さく頷いた。

「……外してもろうてもええですか」

 否と言っても、どうせ聞きやしない。そう思ったのか、友竹は何も言わずに机を離れた。すれ違いざま日岡の肩を軽く叩き、「あんま無茶すんなや」と小声で釘を刺す。

 はいはい、というように、日岡はおざなりに頷いた。

 友竹と菊地が出ていくと、取調室はシンと静まり返った。

 チンタは、壁にぶつけた頭を痛そうに押さえている。

 日岡は背中をかばいながら上着を脱ぎ、ゆっくりした動作でパイプ椅子に座った。それでも痛みに思わず声が出る。

 煙草の箱から一本出してくわえる。銘柄はハイライト。病院の外では、重いニコチンが痛み止め代わりだ。

 使い込まれた渋い金色のジッポーで火をつける。

 真鍮のアウターケースの中央には、四肢を踏ん張り、月を見上げて吠えている狼の絵柄が、立体的に彫り込んである。

 狼のジッポーは、呉原東署のマル暴刑事だった大上章吾の形見として、日岡が大事に使っているものだ。この三年ですっかり手に馴染み、もはや体の一部のようになっている。

 ハイライトを深く吸い込むやいなや、日岡は思いきり机を蹴った。

「うおっ!」

 チンタがビクッと身を縮こまらせる。だが日岡の背中に走った痛みのほうが、はるかにダメージは大きい。

「くそぉ……」

 痛みを堪らえて顔を近づけ、部屋の外に漏れないよう声を潜めてチンタを叱りつける。

「……このクソボケ、誰がナイフ使え言うたんじゃ、チャカ使う約束じゃろうが!」

 マル暴の刑事は、エスと呼ばれる情報提供者をあちこちに抱えている。チンタも、日岡が飼っているエスのひとりだ。

「ごめんごめん! いや、兄貴がチャカは百万年早い言うけえ」

「防弾チョッキ着とった意味がなあじゃなあの!」

「いや、チョッキ着とりゃナイフも刺さらんのかと――」

 本物の馬鹿なのか、それともトボけているのか。日岡はチンタの胸倉をつかみ上げた。

「のうチンタ……わりゃ本気でわしを殺そう思うたん違うんか、おう?」

「アホ言わんでよう!」

 チンタは大きな声をあげた。

「わしゃほんまの兄ちゃんじゃあ思うて、ひーさん尊敬しとるんじゃけ――」

 慌ててチンタの口を塞ぐ。

「アホ、署内じゃろ!」

「あ、ごめん」

 どうやら本物の馬鹿だった。怒る気も失せ、日岡はチンタから手を離すと、ため息をついた。

「ったく、挙げ句に簡単に捕まりゃぁがって、こんなの姉ちゃんにどがぁに説明すりゃあええんじゃこのドアホが」

 椅子に座り直し、苛立たしげに煙草をふかす。

「ハハ、ほんまにごめんて」

 チンタは笑いながら日岡のハイライトに手を伸ばし、箱から煙草を抜こうとする。

 ……まさか一服する気か?

「アホ! わりゃ何をしくさって」

 思わず繰り出したパンチを、チンタはボクサーよろしくスウェーした。おかげでまた、日岡の背中を激痛が襲う。

 日岡が呻いている間にチンタはジッポーで火をつけ、悠然と煙草を吸い、蒸気機関車のごとく盛大に煙を吐き出した。

「はー、いっぺん取調室で吸うてみたかったんよ。うまいのう!」

 無邪気に喜んでいるチンタを見たら、怒りを通り越して笑ってしまった。

「うまいか」

「おおー、美味じゃあ」

 憎めない男なのである。口ではボケだのアホだのとけなすが、心の中では、日岡もチンタを本当の弟のように思っていた。

 日岡は笑いながら、しばしふたりで煙草を味わった。

<第4回に続く>

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小説 孤狼の血 LEVEL2 (角川文庫)

著:
その他:
出版社:
KADOKAWA
発売日:

『孤狼の血LEVEL2』
原作:柚月裕子「孤狼の血」シリーズ 監督:白石和彌 脚本:池上純哉 出演:松坂桃李、鈴木亮平、村上虹郎、西野七瀬ほか 配給:東映 8月20日(金)全国ロードショー ●3年前、暴力組織の抗争に巻き込まれ命を落とした刑事・大上。その後を継ぎ、刑事・日岡は広島の裏社会を治めていた。しかし、刑務所から出所した要注意人物によって、秩序が崩れていく。絶体絶命の窮地を、日岡は乗り切れるのか――。

(c)2021「孤狼の血 LEVEL2」製作委員会


公式サイト:https://www.korou.jp/