ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【10月編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/17

ダ・ヴィンチニュース編集部推し本バナー

 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

おばあちゃんにもらった平屋で。懐かしくて優しい日常『ひらやすみ』(真造圭伍/小学館)

『ひらやすみ』(真造圭伍/小学館)
『ひらやすみ』(真造圭伍/小学館)

 つい最近の出来事。隣家に住むお爺さんがリモート会議5分前にドリルのような凄まじい音を立て庭作業を始めたので、行き場を失った私は一か八かで窓を開けお爺さんに交渉。作業をとめてもらうことに成功した。3年住んでいるけれど、言葉を交わしたのは初めてで、年輪の深いこのお爺さんの人生にも色々なドラマがあったのだろう……と思った。とりとめもないようだが、『家、ついて行ってイイですか?』が好きだ。これもまた、普段知り得もしない人たちの日常の中に感慨深いドラマがあって心を揺さぶられるのである。

『ひらやすみ』(真造圭伍/小学館)の舞台は東京・阿佐ヶ谷。役者を目指して山形から上京した人柄の良さが取り柄の29歳青年(ヒロト)が、近所のおばあちゃんから一軒家を譲り受け、美大への進学が決まり上京してきた18歳のいとこ(なっちゃん)との二人暮らしが描かれる。なぜ、おばあちゃんはヒロトに家を(しかも地価も高いだろう土地を)譲ろうと思ったのか、後であらわになるそのシーンにはかなりぐっときてしまい、ほろり。ぜひ読んで味わってほしいのだが、自分が大人の階段をのぼるための知恵も何も持ち合わせていない、純粋に前を見て立っていた上京したての頃の気持ちを思い出しもした。

 本作で描かれるヒロトとなっちゃんの、いい意味で雑多な生活感満載の日常は人間臭くって、今から自分がまたできるものでもなくて羨ましくもあり、2人を取り巻く人間関係からこのあと物語がどう動いていくのだろうと期待してしまう。中央線沿線に住んだ経験のある人には懐かしい青梅街道や阿佐ヶ谷の空気感なんかも思い出されて、心地いい気分になれると思います!

中川

中川 寛子/副編集長。緊急事態宣言も明け、地方巡りをする10月。軽井沢⇔草津をはじめてバスで移動(1時間)したことをきっかけに廃線となった「草軽電気鉄道」をはじめ草津の歴史の面白さに今さらながら気づく。何か月ぶりかの外で飲む生ビールは格別でした。『ゆるキャン△』を読み直して11月のキャンプに備えます。


advertisement


いざ脳内北海道旅行へ! 遠出欲を大いに刺激する『駅に泊まろう!』(豊田巧/光文社)

『駅に泊まろう!』(豊田巧/光文社)
『駅に泊まろう!』(豊田巧/新潮社)

 まだまだ油断はできないけれど、遠出の計画を立ててもいいかなと思う今日この頃。落ち着いたらどこへ行こうかと想像するのが最近とても楽しい。なかでも北海道は未踏なので、昔から旅に行きたいNo.1の土地である。ただ北海道のどこ、という具体的なものがまだないので実現するのはもう少し先になるだろうが、とにかく北海道に上陸することを夢見ている。この小説で、そんな遠出欲と北海道欲と現実逃避欲がある私はしっかりと脳内旅行をすることができた。舞台は北海道にある比羅夫(ひらふ)駅。駅舎が民宿になっている、羊蹄山の西側に実在する駅だ。登場人物以外は現実に即した描写になっているそうだ。東京のブラック企業で働いていた女性主人公が、亡き祖父がオーナーだった比羅夫駅の宿を引き継ぐことになる。朝、上司に辞表を出したその足で新幹線・はやぶさのグランクラスに乗り、比羅夫駅に向かうところから物語が始まる。心身共に会社から解放され、超高級車両の車窓から東北~北海道の自然を眺める。冒頭から「ええなあ」と思わずつぶやいてしまった。未知の土地で未経験の宿オーナーとして新しい人生をスタートした彼女は、同じ日本なのに東京とは違う時間の流れに驚き、そして見るもの、食べるもの、触るもの、出会う人に感動する。その姿に感情移入して一気に読み進めた。コロナで疲れた心へ一服の清涼剤になると思う。今夏に第三巻が出たので、北海道欲をさらに溜め込みたい。そうか、初の北海道旅行は比羅夫にしよう。

坂西

坂西 宣輝●日常をより快適にしたい欲も高まり、テレビショッピングでなんかすごいっぽい枕を買ってみました。1週間使ってみたけど自分には合わず返品しました。慣れるまで我慢も必要らしいですが、それはなんか違う気がするし、枕探しってかなり大変なことだと今さらながら気づきました。


何も考えずにまずは読んでみてほしい、奈良がただそこに在る。『奈良へ』(大山海/リイド社)

『奈良へ』(大山海/リイド社)
『奈良へ』(大山海/リイド社)

 古都・奈良の東大寺、法隆寺をはじめとする名所旧跡を舞台に、売れない漫画家や不良になりきれない不良、大仏のお面を被り奈良の危機を訴えかける男など人生に行き詰まった者たちの群像劇が描かれる。登場人物それぞれが人生の「じゃない方」をもがき苦しみながら生きているのだけど、心に空いた穴の形も人それぞれで、そのどれもになぜか深く感情移入させられてしまう。彼らの悲哀はおそらく東京だったら受け止めてもらえず、ただ弾き返されてしまうだけだと思う。しかし、懐の深い奈良は彼らの悲哀も心の穴も何物をも黙って受け入れる。そして奈良は異世界の扉すら開けてしまう。文字通り、本当に異世界の扉が開くのだが、そうなってからの後半の展開が圧巻で、結果的に奈良は異世界からのあぶれ者すら受容してしまう。そこで奈良の長い歴史の片鱗が目の前に現れたような感覚になり、なんだかよくわからないカタルシスがあった。言葉で表現するのが難しいので、読んで感じてみてほしい。

 少年マンガは今、本当に面白い作品が多いけれど、その真逆のテンポとタッチで描くこういうマンガじゃないと表現できない感覚がある。わかる人だけ読めばいいマンガというのもある。こういうマンガと偶然出会うと、とても嬉しい気分になる。

今川

今川 和広●ダ・ヴィンチニュース、雑誌ダ・ヴィンチの広告営業。奈良には高校の修学旅行で行きました。大人になった今こそ、あらためて大仏を拝みに行きたいです。