『ひとまず上出来』『定額制夫のこづかい万歳』『出会いなおし』編集部の推し本6選

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/20


問答無用で感動させてくる、圧倒的な“実”の力に触れる『世界のすごい巨像』(地球の歩き方編集室/学研プラス)

『世界のすごい巨像』(地球の歩き方編集室/学研プラス)
『世界のすごい巨像』(地球の歩き方編集室/学研プラス)

 4回ほど、牛久大仏に会いに行ったことがある。千葉出身で茨城が身近だったのと、単純に平地に突如屹立する120mの巨仏に対面するたびに、生物の本能的などこかがザワザワして面白いからだ。それは恐怖なのか畏怖なのか……でも、日常の中では絶対に味わえないワクワクした高揚感をくれる力が、巨像には確実にある。『地球の歩き方 旅の図鑑 W08 世界のすごい巨像 巨仏・巨神・巨人。一度は訪れたい愛すべき巨大造形を解説』はいわずと知れた「地球の歩き方」の、2020年から刊行が始まった図鑑シリーズの1冊。世界中の巨像を地域別に紹介しているほか、高さ順のランキング表や「失われた巨像」など、付録やコラムも充実している。それによれば世界一の巨像はインドの「統一の像」だそう。高さは240mで、サンシャイン60や東京都庁より大きいのだとか。……え??相当巨大な牛久大仏のさらに倍だなんて、さすが(?)インド、規格外のサイズだ。

 コロナ禍でなかなか遠出、特に海外旅行の予定を立てることが難しい中で、見ているだけでも楽しいし、巨像巡りをしながら世界一周するルートを紹介してくれるなど、“いざない”もさすがの手腕だ。また、巨像は建造が大変なだけあって、作られた理由や過程にはその国の歴史やロマン、そして人々の祈りが詰まっている。世界には見るべきものが沢山あるんだなぁ。そして本書によれば日本は巨像大国らしい。なんたる僥倖。

遠藤

遠藤 摩利江●「日本の巨像」の中には横浜の「RX78-F00ガンダム」が収録されていて、そうかこれも巨像か~と気付くなど、そんな遊び心というか網羅性も素敵。本書の中で4つ行ったことがあって、こうなったら国内のは網羅したいな……と思えてきたので、「巨像目線」の旅行計画を検討し始めました。でっかいことはいいことです。


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心のすさみにはダークな物語が必要! 『カミサマはそういない』(深緑野分/集英社)

『カミサマはそういない』(深緑野分/集英社)
『カミサマはそういない』(深緑野分/集英社)

 心がだいぶすさんでいたのかもしれない。本屋さんの新刊が並ぶ棚で本書の書影を見た瞬間、即手に取っていた。「カミサマはそういない」――なかなか非情なタイトルにも思える。けれど心のすさみには、キラキラした内容の書籍よりも断然このような書籍がいい(気がした)。

 全7編の短編集。どれもなかなかのすさみ具合(あくまで主観です)。それが今の心のすさみにマッチする。冒頭の1話「伊藤が消えた」は、今流行りのルームシェアをする3人の若者の話だが、そのうちの1人である伊藤が消えたことから始まる、まるで密室劇のような1編。登場人物の心理的な駆け引きにぞっとする。同居までする友人に嫉妬や憎しみの感情をもつリアルに震える。

 ほかにも、無人の遊園地が舞台の2話目「潮風吹いて、ゴンドラ揺れる」や、他の作品と比べるとコメディにも読めてしまう5話目の「ストーカーVS盗撮魔」も傑作だったが、私が好きだったのは3話目の「見張り塔」だ。

 主人公は、戦争中のとある国の兵士。“連帯”を重視する組織の中で、規律を守り、命令に従い、見張り塔から敵兵や裏切り者を撃ち殺す。やがて主人公は隊長から特別任務を命じられるが、その内容に疑問を感じるようになり…。祖国の現状が1年以上もわからないまま、組織の中で見たいもの信じたいものにしがみつき、身近な仲間や周りが見えなくなる…というのは、このような極限状態ではなくても心当たりがないだろうか。

 本書の7編は、ファンタジーや近未来などの設定もあって、さまざまな世界観を楽しめる1冊だが、描かれる「人間」のあり方はどれもキラキラとは対極の「生身」の姿だ。時にはダークな世界観が必要な人に。

宗田

宗田 昌子●本記事公開後、もう少ししたら『M-1グランプリ』の結果が判明しているはずだが、連載を担当するオズワルドさんの戴冠を期待せずにはいられない! 他の演者さんも劇場で腕を磨いてきている猛者たちばかりで、笑う準備はバッチリです。


一穂ミチさんの小説は、きっとこれから「最大公約数」を射抜く『パラソルでパラシュート』(一穂ミチ/講談社)

『パラソルでパラシュート』(一穂ミチ/講談社)
『パラソルでパラシュート』(一穂ミチ/講談社)

 昨年12月の本欄では、「推し本オブザイヤー」のつもりで『52ヘルツのクジラたち』を紹介させてもらった。2021年の個人的No.1は、一穂ミチさんの『スモールワールズ』だ。この本に出会えてよかった、と内容を反芻するたびに何度も思わせてくれる、素晴らしい作品だった。

『パラソルでパラシュート』は、一穂さん待望の長編小説。舞台は大阪。企業の受付で働く29歳の女性・柳生美雨は、大阪城ホールでのライブ中に目が合った青年と知り合う。彼はコントを得意とするお笑い芸人で、他の芸人たちと暮らすシェアハウスでの交流が始まる――というストーリーだ。

 まず、冒頭のライブ中の描写が素晴らしい。慣れないパンプスを履いてきたために靴ズレを起こしてしまい、観客が盛り上がる中、うわの空で別のことを考えてしまう感覚。音楽もライブも好きだけど、うっすら飽きてしまい、どこか冷静になってしまう状況。めちゃくちゃわかる。きっと、そんな体験をしたことがある方は多いんじゃないかと思う。そして主人公の美雨が、とにかく素敵だ。仕事に、これからの人生に、不安を抱きながらも前を向いて生きていく。彼女が思いをぶちまけるシーンは、なかなか味わえないカタルシスがある。

 本作を読んでいて浮かんだのは、「最大公約数」という言葉だった。一穂さんの小説の魅力的な登場人物、そして彼らをめぐる巧みな描写は、いつだって地に足がついていて、強い引力を持つ。すでに注目を集めている方だけど、これから一穂さん作品に「巻き込まれていく」読み手は、もっともっと増えていくんじゃないか。そんなことを思った。

清水

清水 大輔●編集長。LiSAの日本武道館公演へ。10年近く一緒に仕事をさせてもらっているけど、リアルのワンマンライブは2年半ぶり。美雨の大阪城ホールの体験とは真逆で、「いつまでもこの空間にいたい」と感じる、圧巻にして万感のステージでした。