“L'Arc~en~Ciel”のライブチケットを当てるために、彼女と僕はひたすらハガキを書き続ける/片岡健太(sumika)『凡者の合奏』
更新日:2022/7/20
そこで僕は、驚愕の事態に直面する。のびさんは、ハガキを一切書いていなかったのだ。手元にあったのは『B-PASS』と書かれた雑誌と、スケッチブックのみ。そして、そのスケッチブックには、大好きなL’Arc ~en ~Ciel のメンバーの切り抜きが、所狭しと貼られていた。
僕が長時間文句も一切言わずハガキを書き続けたのに、君はその間ずっと雑誌を読んで好きなページを切り抜いて遊んでいたのかと思うと、堪らず職人への怒りが爆発した。「ハガキ職人をナメるな!」と、アシスタント歴6時間とは到底思えない、重い台詞が口から溢れ出した。
しかし、のびさんは僕の怒りに対して一切返事をせずに「んー、じゃあこれくらいでいいかなあ。そろそろトレースしよっと」とつぶやいた。自身で作成した切り抜きの上に新たな薄い紙を載せて、下から透けて出てきたさまざまなラルクのメンバーを、先の芯だけがやたら長い鉛筆でなぞり始めた。一連の作業の末にできあがったのは、とんでもなく精巧なラルクメンバーの似顔絵だった。
彼女は「これが大本」と言って、その薄い紙を見ながら僕が書いたハガキの裏側に1枚ずつ丁寧に描き写していく。同級生が授業の合間に書いている、デフォルメされた人間の顔などではなく、誇張なく写実的なタッチで描かれていく人間の顔。
よく見ると、ラルクメンバーの顔には、それぞれ感情があるようだった。メンバー4人の喜怒哀楽。合計16パターンの表情を、雑誌のバックナンバーなどを遡って切り抜いていたことを、そのときに察した。その丁寧な線を見れば、のびさんがどれだけ真剣にラルクメンバーを思っているかは分かった。その思いが伝わるのと同時に、僕の怒りはしぼんでいって、尊敬のような気持ちが湧き起こってきたのだ。
「1枚目完成!」と言って、のびさんが嬉しそうに手にしていたハガキの表面には、僕の不格好な丸文字が並び、裏面には美しいラルクメンバーの彩り豊かな表情の似顔絵が描かれていた。僕は新進気鋭の画家、「野蒜」のアシスタントとして、テレビの記者にインタビューされる未来を想像した。大量に書き上げたハガキをポストに出しに行って、パンパンと手を叩き「読まれますように」と、二人で願った。しかし、何回番組にチューニングを合わせても、ラジオネーム「野蒜」が呼ばれることはなかった。
ラルクのライブに数万人の観客が押し寄せたことを、テレビのリポーターが熱く語っているニュースをのびさんの家で観た。「あんなに絵が上手かったのになー。見る目ないね」と僕が言うと、のびさんは、あっけらかんと「まー、いつもこんな感じよ!」と言って、また『B-PASS』を開いた。
時計の針は12時。こうして僕たちの時間はまた始まり、呼応するように僕の右手は、ボールペンを握っている。