小型犬と高所恐怖症の男。“ありえないコンビ”が冬山147峰を制覇した感動の実話

ライフスタイル

2018/3/21

『アティカス、冒険と人生をくれた犬』(トム・ライアン:著、金原瑞人・井上里:訳/集英社インターナショナル)

 今年は戌年。ということで、このところ、すっかり猫に主役の座を奪われてしまった感のある犬にスポットをあてたい。飼い主に忠実で賢いその性質はよく知られているが、こんなすごい潜在能力もあるのかと、改めて教えてくれた犬がいる。

『アティカス、冒険と人生をくれた犬』(トム・ライアン:著、金原瑞人・井上里:訳/集英社インターナショナル)の主人公、ミニチュア・シュナウザーのアティカスは、著者の愛犬。本書は、トムとアティカスの深い絆を綴った心温まる実話だ。

 トムは太った独身の中年男。アメリカのマサチューセッツ州にある町で新聞社を立ち上げ、ひとりで切り盛りしていた。仕事は充実していたものの、何かが足りないと思っていた彼が最初に飼うことになったのは老犬のマックス。初めて念願の家族が出来たトムにとって大切な存在となったが、わずか1年半で別れを迎えてしまう。

 かけがえのない家族を失ったトムは、マックスと同じミニチュア・シュナウザーの子犬を探し、数多くの中から選んだのが、他の子犬とどこか違ったアティカスだった。トムは、ブリーダーから言われた「最初は、どこへ行くにも連れて行くこと。その間はだれにも抱っこさせず、自分が家族だと教えること」という忠告に従った。そして、アティカスには自分らしく生きてほしいと望み、何かを強要することをしない育て方をした。教えたいことは、人間を諭すように言い聞かせる。犬としてではなく、友人として接したことで、固い信頼関係が生まれた。

 アティカスが2歳半になったころ、兄の誘いでトムとアティカスは登山に初挑戦する。実はトムは高所恐怖症。おまけに重量オーバー。アティカスは、体高が30センチほどと小さく、本来、激しい運動を好む犬種ではない。そんな一見、登山に似合わない「ふたり」は大自然の雄大な光景に一瞬で魅せられ、山登りにはまってしまった。

 アティカスは、まるで山登りをするために生まれてきたかのように迷いのない足取りで先導し、着々と山道を進む。しかも、いつもトムの安全を気にかける最高の相棒だ。山頂で穏やかに座り、はるかむこうの景色を眺めるアティカスの姿はまるで「小さなブッダ」のようだった。

 その後、「ふたり」は5年間で、標高1200メートル以上の450峰を制覇。中でもすごいのは、冬山登山への挑戦。2度の冬の間に、チャリティ登山で147の峰を踏破。暴風の中でも険しい山を登り続け、トムを導くアティカスの勇敢な姿は話題となり、多くの寄付が集まった。途中、アティカスは失明の危機に襲われたが、「ふたり」を応援する多くの人たちの支えによって、乗り越えることができた。その強い絆によって成し遂げられた偉業は、人々に大きな感動を与えたのである。

 新聞記者だった著者による臨場感あふれる細かな場面描写は、感動したり、ハラハラしたりの連続だ。巻頭には「小さなブッダ」の様子もわかるアティカスの登山での写真が何枚か紹介されていて、その愛らしい姿に心を奪われる。

 犬を飼ったことで、家族や他の人々との深いつながりが生まれ、豊かな人生に変わっていく著者の姿にも勇気をもらえる1冊だ。

文=三井結木