『マーカス・チャウンの太陽系』新刊著者インタビュー【後編】制作秘話&見逃せない読みどころ・見どころ

新刊著者インタビュー

更新日:2013/8/9

『マーカス・チャウンの太陽系』(タッチプレス発行)は新しい電子書籍の可能性を切り拓いた作品です。たとえば、掲載されている、素晴らしく美しい惑星たちの画像。この多くはNASAが約1兆ドルをかけて撮影したものから厳選。とてつもなく贅沢な電子図鑑なのです。そこで、前回に引き続き、翻訳者である糸川洋さんに制作秘話と見逃せない読みどころ・見どころについて話をうかがいました。


 

糸川 洋

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いとかわひろし●1949年、東京生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、医療器械メーカー勤務、マニュアルライターなどを経て翻訳者に。『マーカス・チャウンの太陽系』を翻訳。訳書に『僕らは星のかけら』(マーカス・チャウン著、SB文庫)、『数学のおもちゃ箱』(クリフォード・A・ピックオーバー著)、『超マシン誕生』(トレイシー・キダー著)、『ポアンカレ予想を解いた数学者』(ドナル・オシア著、以上日経BP)など多数。惑星イトカワの由来である、糸川英夫博士の甥。

取材場所:ヒルトン小田原リゾート&スパ

電子書籍と紙の書籍のもっとも大きな違いはどこにあるのでしょう。

動画や音声が楽しめること。確かに紙の書籍ではできません。あるいは、ふんだんにオールカラーで細密で美しい画像を楽しめること。実際、電子書籍と同じ内容を印刷しようとしたら紙の書籍では非常に高価になってしまいます。しかし、もっとも大きな違いは、電子書籍では情報が階層化され、立体的な構造(情報アーキテクチャ)になっていることではないでしょうか。そのため膨大な情報や画像・動画が収められているにもかかわらず、読者は迷うことなく欲しい情報に到達できたり、意外な知的発見ができたりするのです。

こうした、電子書籍の優れた点をすべて網羅しているのが、7月1日にリリースされた『マーカス・チャウンの太陽系』(タッチプレス発売)です。これまで電子書籍の図鑑は多数リリースされてきましたが、本作が決定的に違うのは、緻密かつ整合性のとれた情報アーキテクチャとしてのデザイン完成度がずば抜けている点にあります。それゆえ、読者は直観的に操作しながら、<太陽系を探索する旅>にいつでも自由に出かけられるのです。こんな図鑑はかつてありませんでした。しかも、糸川洋さんの手による翻訳で見事な日本語になっています。だから、翻訳書でしばしば感じる不自然な表現や矛盾が一切ありません。

しかし、まったく新しい電子図鑑である本作を訳すのに大変な苦労があったようです。そんな制作秘話を織り交ぜながら、本作を熟知した翻訳者ならではの読みどころ・見どころのポイントを紹介してもらいました。

 

電子書籍の翻訳は紙とは大きく違っていた

――『マーカス・チャウンの太陽系』は糸川さんにとって初めての電子書籍の翻訳です。紙の書籍と電子書籍の翻訳、どこが大きく違っていましたか。

糸川:『マーカス・チャウンの太陽系』は電子書籍ではありますが、いわば一種のコンピュータプログラム。そのため、ひとつひとつのテキストが独立しています。しかも、英国のタッチプレスからは原稿がhtmlファイルやプロパティリストの形でバラバラに送られてくるんですよ。紙の書籍のようにひとかたまりの原稿になっていないため、「このテキストはここ」「あのテキストはこっち」と自分で整理しながら翻訳を進めていかねばなりませんでした。

たとえば本文で青文字になっているところをタップすると用語解説が出てくるんですが、これもそれぞれ2つのプロパティリストの個別の項目になっている。iPadの画面1ページが数個のファイルの十数項目から構成されるものもざらでした。これが今までの紙の書籍の翻訳とは違う点です。しかし、こういう丁寧な用語解説がついていると、現代宇宙理論のみならず、物理学を含めた読者の理解が深まります。細部まで手を抜かない編集と情報デザインになっているんです。

とはいえ実際の作業には膨大な労力が必要でした。htmlファイルやプロパティリストのタグが壊れると日本語がわからない英国側が混乱するので、Macのアプリケーション開発ツールに読み込んで、正しく表示されるかを確認してから送るという作業を繰り返しました。正直、紙の書籍より何倍も手間がかかりました。

本文の青文字をタップすると出てくる用語解説画面(左端部分)。翻訳作業は大変だが、詳細な解説がついていることによって読者の理解が一層深まる