『マーカス・チャウンの太陽系』新刊著者インタビュー【後編】制作秘話&見逃せない読みどころ・見どころ

新刊著者インタビュー

更新日:2013/8/9

――実質、糸川さん一人で日本語ローカライズを行ったわけですね。それは、コンピュータプログラムの知識がないとできません。なぜ可能だったのでしょう。

糸川:自分自身プログラミングにハマった時期があったので、タッチプレスが何を求めているかがすぐにわかったんです。構造として理解できたんですね。どのテキストがどこをタップすると表示され、そのとき読者が知りたいことがきちんと書かれているかもチェックしました。「これって、翻訳者の仕事かなぁ」とも思いつつ(笑)。
たとえば、必ず画面の右隅に出ている「太陽系儀」をタップすると、そのとき観ていた惑星を中心にした軌道が表れて、どの位置にあるかがわかる。また、隣にある惑星をタップするとそこに飛べる。知りたいところへ自在に到達できるプログラムになっているんです。これは、紙の図鑑では到底真似できないことだから、読者が本作をどう操作して、何を得たいと思うのか、行動をイメージしながら翻訳しました。

それに、僕自身がiPadやiPhone、Macを使っていたし、アプリの開発ツールも持っていたので、すんなりと英国側が求めるスタイルで翻訳に入ることができたんです。海外の電子書籍というか、アプリの制作会社が直接、翻訳者に依頼してくるのは極めて稀なこと。タッチプレスも翻訳者とここまでやりとりするのは初めてだったようで、最初は「日本の翻訳者にどこまでできるのか」と、とても心配していました。しかし途中から「ヒロシは大丈夫!」とわかったらしく、どんどん要望が降ってきて(笑)。翻訳技術とプログラミングの知識の両方があったからこそ、可能な仕事だったと思います。

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画面右上隅に表示されている「太陽系儀」をタップすると太陽系の軌道が全画面表示され、惑星をタップするとその惑星の説明画面へ飛ぶことができる

 

画像すべてにつけられたキャプション。
太陽系の天体への興味がかきたてられる

――本作に所収されている画像も情報も膨大です。翻訳は大変だったのでは。

糸川:苦労したのは画像ギャラリーのキャプションです。すべての画像にキャプションがついていて、右下隅の「i」をタップすると、その画像をNASAやJAXAの探査機が撮影したときの撮影データが表示されます。ここはぜひ観ていただきたいところ。これまでの太陽系探査の成果がリアルにわかります。

また、日本語表記として適しているかどうかの整合性をとるのも大変でしたね。惑星やクレーターにはギリシャや北欧などの神話から名づけられたものが多いのですが、英語の発音をそのまま表記したのでは意味が通らなかったりするんです。日本ではどういう名前で通っているのか、ひとつ一つ調べながら翻訳しました。

 

NASAやJAXAの探査機が撮影した画像の数々。そのすべてに説明キャプションと撮影データがつけられている

―――月の“ストーカー惑星?”や木星の衛星イオの“抱きしめられて”など、各天体の本文のところのキャッチに糸川さんらしいウィットを感じました。名訳ですね。

糸川:ありがとうございます。自然科学の図鑑でありながら、マーカス・チャウンの文章にはしばしば文学的表現が出てくるんです。欧米では誰もが知っている歌をもじったものなどもあるのですが、日本人には伝わりにくい。その感じをどう伝えるか、毎回、苦労して日本語をひねり出しました。でも、幅広い読者の興味関心を引き付けるためには、こういう表現で手を抜いちゃいけないと思うんです。「えっ!? どういうこと?」と感じてもらえれば、もっと読みたくなりますから。

英文の持つ叙情的なニュアンスを崩すことなく、いかに日本語で伝えられるか。糸川氏が翻訳作業でもっとも苦心したところ