「あそこに何かいるかもしれないよ……」 あなたを異界へ導く怪談物語集 東直子インタビュー

文芸・カルチャー

公開日:2015/5/3

 東直子さんの小説はいつも不思議だ。

 ひょうひょうとしていて、そこはかとないユーモアがあって、でもどこか不穏な空気をはらませていて。

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 何かのジャンルに収めようとしても、軽やかにするりとすり抜けていく。

 新刊『晴れ女の耳』も怪談短篇集と銘打たれてはいるものの、一般的な怪談とは一線を画する小説が勢揃いした。

「収録した小説のほとんどは、女性向けの怖いお話を掲載していた文芸誌『Mei』(現在休刊中)のために書いた作品です。ですから、怪談を意識したものであるのは間違いないのですが、いわゆるホラー的な怖さを期待されると少し違うと感じられるかもしれませんね」

 東さんならではの怪談を読みたい、という編集者のリクエストに応えるため、まずは自身の心の中にある「怖さ」の正体を見極めていったのが、執筆にあたっての最初の作業になったという。

  • 東直子

「前々から、私の短歌には怖さがあると言われていましたし、私自身怖い話が好きです。では、私は一体何に怖さを感じるのだろうということを突き詰めていったら、『和歌山』というキーワードにたどり着きました」

 実は、東さんは和歌山県と縁が深い。

「父の実家が紀州の山中にある村なんです。最寄りの駅から車で二時間ほども行かなければならないような、そんなところ」

 緑がただただ続く紀州の深山には、自然のみが持つ根源的な怖さがあった。

「普段は団地住まいだった子供の頃の私にとって、楽しいのと同時に、どこか恐ろしさを感じる土地でもあったんですね」

 そして、もう一つのキーワードは「口承文芸」。人々が口伝えで語り次いできた「昔話」である。

「ホラー映画などのショッキングなものより、淡々と語られる物語に怖さを感じます。だから、その二つを組み合わせて、和歌山を舞台にした一人称の物語にしたら、私なりの怪談が書けるのではないかと思いました」

 こうして紡ぎだされた短篇たちは、いわく言い難い、独特の魅力を持つ、オリジナリティ溢れる物語となった。

 イボ神様と呼ばれる小さな神や海に住む河童、似た顔をした謎の女たちが住む村など、登場するものたちは民俗的風情に満ちているが、主人公が現代を生きる普通の人々であるせいか、とても身近な物語に感じられる。ふとした拍子に私もこっちの世界に絡め取られるのではないか、そんな風な怖さが全篇を覆っているのだ。

  • 東直子

「完全なファンタジーの世界、日常とかけはなれた世界というのは書くのが難しい。今立っている場所から想像を飛ばすのが、私には一番合っているんです。今回の作品は、実際に私が見聞きしたことや、書いている最中に起こった出来事を盛り込みながら、自然に体からにじみ出てきた言葉を書き取っていったような、そんな作品ばかりです。だから、『身近な異界の怖さ』を感じとってもらえたのかもしれませんね。闇が深かった時代、見えない先に潜んでいる得体のしれない何かを想像するのは、怖いと同時に楽しみでもあったはず。ですから、読んで下さった皆さんにとって、『あそこに何かいるかもしれないよ』と手を引いて導くような、そういう怖さのある物語になっていたらいいなと思っています」

取材・文=門賀美央子

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