小泉綾子「星の名は」【連載コラム「私の黒歴史」】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/28

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2024年5月号」に掲載された内容を転載したものです)

advertisement

小泉綾子「星の名は」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 新人賞を受賞して、さあこれからという時に自ら「黒歴史」を世に発信しては、一夜にしてその栄光を剝奪されてしまうかもしれないと震えている。いまはどんな発言でだれを傷つけてしまうかわからないし、たとえ「過去の話」であろうと、「ちょい話を盛っただけ」であろうと、あっという間に断罪されてしまう時代。
 八〇年代うまれは、承認欲求に特に苦しんだ世代だと思う。「私を見て」と素直に言えず代わりに「死んでやる!」と叫び、「わかってほしい」というただそれだけの理由で、他人や自分を傷つけまくった。目立ちたいのではなく苦しいだけなのだった。認められたいという思いの強さのせいで二十代中頃までは、やりがい搾取といわれるブラックな労働を――喜んで真面目に続けた。
 自己肯定感を人生で後付けするのは難しく、私はいつまでも自分の言動や行動に自信がなく、その醜い姿を隠そうとするから我が黒歴史は死ぬまで続く。
 ここまで書いて、だれも傷つけないライトな黒歴史を思い出した。
 十代の頃バンドをやっていて、初めて書いた詞のタイトルが「南十字星」だったこと。南十字星? え、何それどこにあるんだろうね。日本から見えるの? その内容はクジラと星に己の孤独感を重ね合わせたものだったと記憶している。メンバーが作ったメロディーにその詞を合わせて歌おうと深夜スタジオに入った日、私はかつて味わったことないほどの猛烈な恥ずかしさに襲われ、自分の言葉に抵抗した。意味の伴わない恰好つけただけの噓の言葉の羅列が恥ずかしさを加速させたのだと思う。マイクの前で真っ赤になって固まり、その詞の一文字たりとも発することができないまま練習時間は終わりを告げた。その一週間後に、よくわからない理由により私はバンドをクビになった。

プロフィール

小泉綾子(こいずみ・あやこ)
1985 年、東京都生まれ。10 代を九州で過ごす。2022年、「あの子なら死んだよ」で第8回林芙美子文学賞佳作受賞。2023年、「無敵の犬の夜」で第60回文藝賞受賞。

書籍紹介

無敵の犬の夜(河出書房新社刊)
著者:小泉綾子
発売月:2023年11月

「この先俺は、きっと何もなれんと思う。夢の見方を知らんけん」北九州の片田舎。中学生の界は、地元で知り合った「バリイケとる」男・橘さんに心酔するのだが――。第60 回文藝賞受賞作。

掲載号紹介

小説 野性時代 第246号 2024年5月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2024年04月25日
商品形態:電子専売

梶 よう子、〈歴史スポーツ小説〉新連載。ブレイディみかこの読切掲載。永井紗耶子、今村翔吾、朝比奈あすから連載陣も充実! 今もっとも刺激的な月刊小説誌。

【新連載】
梶 よう子――雷電
史上最強の力士には、知られざる一戦があった――。
江戸時代の相撲を描く〈歴史スポーツ小説〉開幕!

【読切】
ブレイディみかこ――アジアン・レストランの舞台裏 ―私労働小説 ザ・シット・ジョブ―
英国人の考える「アジアっぽさ」のため、
店唯一のアジア人のあたしに、驚くべき指示が下りる。

【連載】
朝井まかて――グロリア・ソサエテ
河野 裕――彗星を追うヴァンパイア
永井紗耶子――青青といく
東川篤哉――谷根千ミステリ散歩 お墓の前で泣かないで 後篇
朝比奈あすか――普通の子
荻原 浩――我らが緑の大地
誉田哲也――暗黒戦鬼グランダイヴァー
伊東 潤――天地震撼 信玄と家康
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
伊吹有喜――銀の神話
近藤史恵――風待荘へようこそ
恩田陸――産土ヘイズ
今村翔吾――天弾

【コラム】
私の黒歴史――小泉綾子「星の名は」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――恩田 陸『spring』

第15回 小説 野性時代 新人賞 発表
第16回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第45回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項

https://www.kadokawa.co.jp/product/322401001054/
amazonページはこちら
電子書籍ストアBOOK☆WALKERページはこちら