第七回  藤原道隆(道長の兄)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/28

第七回  藤原道隆ふじわらのみちたか(道長の兄)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

  道隆は中関白なかのかんぱくと呼ばれます。父の兼家と弟の道長の間だからですね。彼は、定子の父親として有名でした。そう、定子は清少納言が仕えていた人です。
 彼は父の兼家が摂政せっしょうになってからどんどん昇進します。ところが、道隆は、九九五年の四月に亡くなってしまうのでした。享年四十三。まだまだこれからの年齢でしょうか。この道隆が亡くなってから、定子一族の没落が始まってしまうのですね。
 それではお話をもとに戻して、道隆自身について語りましょう。道隆は父(兼家)と同じように豪放磊落ごうほうらいらくな人だったようですよ。
 たとえば、原子げんし(定子の妹)が定子の所に来た時も、

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中宮さま(=定子)と淑景舎しげいさ女御にょうご(=原子)のすばらしい様子をにこにこしながら、いつものように冗談をおっしゃいます。(『枕草子』一〇一段)
(めでたき御ありさまを、うち笑みつつ例のたはぶれ言せさせたまふ。)

 と書かれています。この「冗談」を言う性格が父(兼家)の「猿楽語さるごうごと」を言う姿に良く似ています。「猿楽語」は「ふざけたこと」という意味。兼家はいつも冗談ばかり言ってました(『蜻蛉日記』)。というわけで、道隆は兼家と似ていて、おおらかな感じがしますね。
 また、彼はあまり知られてませんが『蜻蛉日記』の中巻にも出てきます。それは道綱母が鳴滝なるたきもった時のこと。道隆は父(兼家)の命令で道綱母を迎えに来たんです。その姿はとてもすてきに描かれているのでした。
 ところで彼の有名なエピソードは何でしょう。それはお酒にまつわる話。ある時、飲み友だちの藤原済時なりときや藤原朝光あさみつと飲んでいました。三人とも酔っ払って冠を脱いでしまいました。この当時は、頭に何もかぶらない、そんな姿を見せることは、とんでもなく恥ずかしいことだったんですね。
 ただし、そんなお酒の上での失敗談ばかりではありません。ある時、道隆は例によって飲み過ぎて、牛車のなかで寝てしまいました。その時、別の牛車に乗っていたのが道長。この道長が起こそうとしても、道隆は起きて来ません。道長は大声を出して呼んだりしたのですが、道隆は起きないのね。そして、道長はとうとう道隆の表袴(ズボン系)の裾をひっぱりました。すると……。

(…)きちんと身繕いなどして、車から降りられたのですが、その姿は、酔って寝込んだ様子もなく、美しかったのです。(『大鏡』)
((…)つくろひなどして、おりさせたまひけるに、いささかさりげなくて、清らかにてぞおはしましし。)

 という具合だったのです。どうでしょう。「酒は飲んでも飲まれるな」の典型でしょうか。酔っ払っていたのに、素面(しらふ)のように美しいのでした。なお、道隆の死因になった病気は糖尿病と言われています。糖分の多い当時のお酒が原因だったのですね。

プロフィール

川村かわむら裕子ゆうこ
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『はじめての王朝文化辞典』(早川圭子絵、角川ソフィア文庫)、『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』『平安のステキな!女性作家たち』(以上岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 拾遺和歌集』(ともに角川ソフィア文庫)など多数。

作品紹介

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『はじめての王朝文化辞典』
著者:川村裕子 絵:早川圭子
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『源氏物語』や『枕草子』に登場する平安時代の貴族たちは、どのような生活をしていたのか?物語に描かれる御簾や直衣、烏帽子などの「物」は、言葉をしゃべるわけではないけれど、ときに人よりも饒舌に人間関係や状況を表現することがある。家、調度品、服装、儀式、季節の行事、食事や音楽、娯楽、スポーツ、病気、信仰や風習ほか。美しい挿絵と、読者に語り掛ける丁寧な解説によって、古典文学の世界が鮮やかによみがえる読む辞典。

『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 拾遺和歌集』
編:川村裕子
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角川ソフィア文庫の紫式部関連書籍特設サイト
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