スクールカースト底辺からの復讐。乱歩賞・直木賞作家が描く衝撃のファンタジー小説『トライロバレット』

文芸・カルチャー

PR 更新日:2025/2/17

トライロバレット(講談社文庫)佐藤究/講談社

 強い衝撃を食らった。それなのに、爽快感さえ覚えてしまった自分が恐ろしい。読んでいたのは、海外小説の翻訳本か何かだっけ。いや、そうではない、日本の直木賞作家の小説のはずだ。だが、目の前に鮮やかに広がるのは、アメリカはユタ州の高校の日常。そこに当たり前のように身を置き、スクールカーストの底辺を生きる少年は、「クソ喰らえ」とでも言いたくなるような理不尽を体験していた。何の取り柄もないこの少年に勝ち目などない。かと思えば、この少年は実はアメコミ的なダークヒーローで——そんな怒涛の展開にあっという間に飲み込まれていくような物語、それが『トライロバレット(講談社文庫)』(佐藤究/講談社)だ。『QJKJQ』で江戸川乱歩賞、『テスカトリポカ』で山本周五郎賞と直木賞のダブル受賞を果たした佐藤究の書き下ろしダークファンタジーだ。

 主人公は、17歳の少年、バーナム・クロネッカー。幼い頃から三葉虫に魅せられている彼は、化石集めが趣味。友達もおらず、ひとり静かな高校生活を送っていたが、ある時から突然、学校一の人気者、コール・アボットからの〈攻撃〉が始まる。ロッカーの扉は接着され、頭にはジャガイモをぶつけられる日々。

「いいか、あいつがおれたちにやっているのはテロ攻撃であって、未成年のいやがらせだとか、少年によるいじめっていう言葉を当てはめるべきじゃない。これはれっきとした、侵略戦争なんだ。どんなに小さなものでも、おれはきっちり数をカウントしてきた。今までに八百九十一回の攻撃を受けたよ」

 そう語るのは、謎めいた同級生、タキオ・グリーン。同じ〈攻撃〉を受けているバーナムとタキオは、次第に友情を育んでいくのだが……。

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 終始戸惑いながら、それでも夢中でページをめくり続けた。何に戸惑ったのかといえば、日本人が書いたとは思えない、アメコミと見紛うような作中の空気感に驚かされることももちろんだが、この物語がとにかく先の展開が読めないということも大きな理由のひとつだ。たとえば、この作品は、バーナムの視点の他に、別の男の視点が挿入されているが、この男は何者なのか。退役軍人らしいその男とバーナムとの間に共通するのは、それぞれ全く別の〈攻撃〉を受けているということ。全く違う苦悩を抱えているはずの二人は、それぞれ復讐を決意する。そんな二人の人生がどんどん重なり合うさまは圧巻だ。

 誰の胸の内にだって、鬱屈した思いはあるだろう。私だって、「こんな世界、さっさと壊れてしまえばいいのに」と思ったことは何度だってある。だけれども、傍観者ではなく、自らの手で、その復讐の引き金を引こうと決意できたことは幸運にもない。何がその決意を生み出すのか。どこまでも続く悪夢への絶望か。誰にも理解されない孤独感か。バーナムは、そして、この退役軍人は決意してしまうのだ。そんな復讐に至るまでの思いがこんなにもありありと生々しく描かれるだなんて。

「バーナムの愛する三葉虫がこの物語の大筋とどう関係があるのか」「バーナムの友人・タキオは何で物知りなのか」。読み進めながら感じたそんな疑問さえも伏線。すべてが見事にクライマックスへとつながっていくから、度肝を抜かれる。「こんな展開あり?!」と圧倒させられながら、じりじり続く緊張感の中、固唾を飲んで結末を見守った。

「きみは何をすればいいのか知ってるよ。」

 バーナムが耳にしたそんなささやきが、あなたにも聞こえてきはしないだろうか。ここには、現代アメリカ社会の闇が描かれている。それは決して私たちにも無関係ではない。むしろ、それはすぐそばにある。そう思わされる、このアメコミ的ストーリーを、新しいヒーローの誕生を、あなたも見届けてほしい。

文=アサトーミナミ

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