作家・原田マハ「SNSでの炎上は現代的な悲劇」。それでも言葉は「とてもありがたいギフト」と信じられる理由《インタビュー》
公開日:2025/1/30
言葉は魔物。使い方ひとつで毒にも薬にもなる
――今は言葉の取り扱いが難しい時代だと感じています。『本日は、お日柄もよく』はスピーチライターの話ですが、スピーチには多くのパワーワードが登場します。そういった「強い言葉」というのは取り扱いが難しそうですが、どう思われますか?
原田:「言葉」とは基本的に人間に許されたコミュニケーションのツールであるというのが私の考え方で、昨今のSNSなどを見ていて思うのは、結局「伝え方」が大事なんじゃないかなっていうことですね。たとえば気軽で手っ取り早いメディアとしてSNSを使うにしても、「どういう状況の中で誰にどう伝えるか」という背景まで考えた上で発信するべきだと思っています。『本日は、お日柄もよく』にも書きましたが、言葉というのは「魔物」で、人を癒すこともあるけれど傷つけることもあるもの。使い方ひとつで毒にも薬にもなるというのは、言葉を持って進化してきたっていう人類の宿命みたいなものですよね。
――では「嫌な言葉」を投げつけられたときはどんなふうに身を守ればいいと思われますか?
原田:私自身は嫌な言葉を投げつけられることはほとんどありませんが、たとえばSNSで炎上するだとか、意図しないところから全く知らない人に切り込まれることもあるわけですよね。攻撃する人も攻撃される人もデジタルの架空空間に絡めとられているある種の現代的な悲劇なわけで、逃れるにはデジタルコミュニケーションをシャットダウンするしかないと思います。
ただ「嫌な言葉」は世の中にはあって当然だと思うし、それに過敏にならないというか、自分の中に言葉を選ぶモジュールみたいなものを持つことが大事なんじゃないでしょうか。自分と意見が違う人から何か言われたとしても、「相手は相手。自分は自分」と別に受け止めなくてもいいし流していい。ただ大事なのは、相手のことを「認めてあげる」ことかもしれませんね。「自分の意見はこう。あの人は違う意見だ」となると意見の押し付け合いになりがちですが、そういうときに受け流すことが護身術である一方で、相手の主張も一旦は受け止めることも必要なんじゃないかと思います。
――あらためて、全肯定してくれる『FORTUNE BOOK』にある言葉のポジティブさに救われます。
原田:誰かに贈ってあげてほしい言葉でもあるので、まず私が自分に贈り、読者の方にも贈り、そしてそれをみなさんが自分の心の中で生かすか、あるいは誰かに伝えることでまた生かしてもらえたらと思います。別に私の言葉ということでなく、自分の言葉として贈っていただいても構わないと思っているので、全ての言葉に©︎もつけていません(笑)。この本の中にあるのは、言ってみれば私が「キュレーションして集めた言葉」です。もちろん私がゼロから生んだ言葉もありますが、そもそも言葉というのは日本語なら「あいうえお」、英語や他のヨーロッパの言葉ならアルファベットみたいな文字の羅列ですからね。
――たしかに!
原田:それなのに小説が書けたり、それを読んで泣いたり笑ったり感動したり腹が立ったり、いろんな感情になるわけで、いつも本当に不思議だと思っています。でもだからこそ、パンデミックがあったり紛争も絶えない不穏な時代であっても、「人類は大丈夫」って思えます。だって、人類は太古の昔から美術とか演劇とか小説とかと発展してきたわけで、「世の中終わってしまう。自分の命も尽きてしまうんじゃないか」みたいなときでも、やっぱり詩人は詩を書いたし音楽家は曲を書いてきたし、それを受け止めて涙したり笑ったり感動したりしてきたわけです。人間の感性はずっと変わらないし、そういう感性はどんな人も持っているはずで、その感性に働きかけることができるのが「言葉」なんです。だから「言葉」というのは、すごく不思議なとてもありがたいギフトだと思いますね。
――だからこそ大切にしなくてはいけませんね。
原田:そうですね。自分も言葉を大切にしたいし、読者のみなさんにも大切に刻んでいただけたらうれしいです。それにしても、ほんとに言葉って配置がちょっと変わっただけで大きく違っちゃうんですよね。そしてその配置をどう変えるかっていうのは、きっとAIにはできないところだと思うんです。「ABCとするかCBAとするか、それを決めるのはAIじゃなくて私」っていつも抗っていますし、「私はAIには負けてない!」って強く思っています。
取材・文=荒井理恵