小澤征爾はなぜ「世界のオザワ」になったのか? 波乱と情熱に満ちた生涯が私たちに伝える大切なもの【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/2/23

タクトは踊る 風雲児・小澤征爾の生涯中丸美繪/文藝春秋

 2024年2月にこの世を去るまで、世界のクラシック音楽界において、多くの人々の心を震わせてきた指揮者・小澤征爾。音楽ファンなら、偉業という言葉も霞むほどの、彼の世界での活躍や表現を知らない者はいない。しかし、世間を沸かせる行動や事件も多かったことから、彼の人物像や人生に対して、どの一面を見るかによって異なる印象を抱くかもしれない。そんな小澤征爾の生涯を取材や資料に基づいて詳細に綴ったのが、本書『タクトは踊る 風雲児・小澤征爾の生涯』(中丸美繪/文藝春秋)だ。

 著者の中丸美繪氏は、渡邉暁雄、齋藤秀雄、朝比奈隆など、日本クラシック界を牽引してきたレジェンドを多く取材してきたジャーナリストだ。本書では、1935年に満州で生まれ、自由な家庭で音楽を学び、単身日本を飛び出した小澤が、指揮者・音楽家として世界で活躍してきた人生を伝える。小澤征爾の周囲の人々の言葉や小澤について書かれた書籍、また母校や交響楽団に関する書籍、そして著者自身の経験も交えながら、波乱と情熱に満ちた彼の生き様を膨大な情報量と熱量で綴る、著者渾身の1冊だ。

 本書の特徴は、子ども時代から最近まで、小澤に関わってきた人々が彼について語る言葉が多く登場すること。小澤の家族や、彼を愛した人々、ともに仕事をした人だけでなく、彼と楽団の衝突の渦中にいた人など、さまざまな角度から小澤自身やエピソードをひもといて、小澤という人間の魅力が立体的、重層的に理解できる。その並外れた行動力やコミュニケーション力、そして音楽への情熱に圧倒されつつ、ユーモア溢れる言葉と周りを巻き込むダイナミックな行動に、驚きながらも笑ってしまう。

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 また、各エピソードの描写がドラマティックで、小澤の人生の情景が、まるで実際に見たかのように次々と頭に浮かぶ。田舎町でのびのびと成長する小澤、パリを目指してギターを背負いスクーターで走る若き小澤、汗を飛ばしてタクトを振る小澤、楽団と衝突して怒る小澤……大河ドラマのように壮大ながら、ヒューマンドラマのように温かいこの物語が、我々に、人間の面白さや愛おしさを教えてくれる。

 NHK交響楽団との軋轢や、新日本フィルハーモニー交響楽団の設立、ボストン交響楽団音楽監督就任、ウィーン国立歌劇場音楽監督就任といった有名なエピソードについても詳しく綴られるが、小澤自身のことだけでなく、交響楽団の歴史や、そこに至るまでの経緯も丁寧に書かれている。そのため、ニュースとして表層的にしか知らなかった出来事も、背景や問題の根源に触れることで、深く理解できる。小澤征爾が歩んできた道を辿る旅を通じて、日本や世界のクラシック界を牽引してきた人物や、音楽の歴史についての造詣も得られる。小澤征爾という人物や彼の偉業に心惹かれる人だけでなく、クラシック音楽ファン全員の心をくすぐるロマン溢れる1冊だ。

文=川辺美希

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