怪談ネットラジオ「禍話」にまつわる不可解な噂を、気鋭の作家・梨が検証する。増殖し、形を変える怪談の真実とは【書評】
公開日:2025/3/3

「禍話」というものをご存じだろうか? これは猟奇ユニット・FEAR飯がツイキャスで放送している怪談ネットラジオで、語られるのは他ではあまり聞いたことがないような不気味な話の数々だ。その恐ろしさからSNSを中心にカルト的人気を誇っており、ファンも大勢いる。著作権フリーを謳っていることから、リスナーのなかには「禍話」の切り抜きやリライトをネット上にアップしている人もいる。試しに検索してみると、大量の記事が出てくるのでやってみてほしい。いかに「禍話」の信奉者がいることか、よくわかるだろう。
そんな「禍話」には、「存在しない放送回」=「第n回」が存在するという噂がある。第n回で語られたのは、過去に放送された話のなかから選りすぐった傑作選。しかし、パーソナリティを務める〈かぁなっき〉さんと〈加藤よしき〉さんによれば、「そんな放送をした記憶はない」とのこと。
じゃあ、第n回なんて存在しないのか。ただの噂だったのか。たしかにその第n回を聞いたというリスナーたちはいるのに……。
その調査に乗り出したのが、気鋭のホラー作家である梨さんだ。彼は実際に第n回を聞いたというリスナーたちに取材し、彼らが聞いた話をまとめることにした。それがこの『禍話n』(梨:著、FEAR飯【かぁなっき、加藤よしき】:取材協力/KADOKAWA)だ。
たとえば、冒頭に収録されている「【か】【ぞ】【く】【の】【家】」というエピソード。地方から都内の大学に進学した〈私〉は後輩の〈Yちゃん〉と親しくなるのだが、そこでYちゃんから悩みを相談される。聞けば、どうやら家庭内がおかしいらしい。Yちゃんが暮らす一軒家には、「悪いものが溜まりやすい」とされる小さな和室があり、あるときから、父親がそこで寝起きするようになったという。するとある夜、深夜に目を覚ましたYちゃんが台所に向かおうとすると、居間で父親がお茶を飲んでいた。これだけならごくふつうの光景だろう。しかし、目の前に父親がいるにも拘らず、例の和室からは父親のいびきが聞こえてくるというのだ。父親が……ふたりいる……?
不安そうにするYちゃんのため、私はYちゃんの家を泊りがけで訪ねることにする。体調を崩しているという母親に挨拶を済ませ、私はYちゃんと眠ることに。しかし、やがて起こったのはどうにも説明がつかない不可解な出来事だった。言葉にするならば、増殖――。父親、だけではなく、母親も、そしてYちゃんも。
もうダメだ。ここにいてはいけない。そう確信した私は逃げるように家を出た。
と、ここまででも非常に気味が悪い話である。ところが、本作の真骨頂はここからだ。リスナーへの取材を踏まえて梨さんがまとめたというこの話を、パーソナリティであるかぁなっきさんと加藤よしきさんが読み、考察していくさまが「幕間」として描かれていくのだが、そこで彼らは不可解な点を見つける。この「【か】【ぞ】【く】【の】【家】」は、過去に「かぞくの家」として放送で語られたものだった。それとすり合わせてみると、元の話と、どうやらラストが異なるらしい。かぁなっきさんが話していない情報がなぜか付け加えられているのだ。しかもさらには、第n回で放送された話のなかには、「それはこんな場所でした」と写真や動画を上げているものもあったという。もちろん、かぁなっきさんはそんなことをしていない。
つまり、存在しないはずの第n回で放送された話は、かぁなっきさんたちが知らない情報が勝手に付加され、広まっているということだ。一体どうしてそんなことが起こってしまうのか……。その理由に迫るべく、以降も、本作では梨さんが集めた第n回の原稿と、かぁなっきさんと加藤よしきさんによる考察が交互に展開されていく。
一つひとつのエピソードが怖いのはお墨付き。「禍話」の第n回を聞いたリスナーへの取材をもとに梨さんがリライトしているため、既存のリスナーでも楽しめるくらい恐怖度は増している。それに加えて、幕間で語られるかぁなっきさんと加藤よしきさんによる考察を読めば、各エピソードにどんな不可解な点があるのかもわかる。恐怖は何十倍にも膨らんでいくだろう。
そうして――本作を読み進めていくと、読者は辿り着く。「幕間Ⅴ」とそれに続く怪談「How I wonder what you are」に。これを読めば、「禍話」にまつわる第n回とはなんだったのかが見えてくるだろう。ただし、読むか読まないかは自己責任で。後戻りできなくなっても、誰も責任を取ってくれないだろうから。
文=イガラシダイ