sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第9回『風呂王』
公開日:2025/2/28
風呂が好きだ。浴槽に湯を張って、その中に浸かっている時間が好きだ。平気で2〜3時間は入っている。それだけ長い時間、風呂で一体なにをしているのか。いくつか書いていこうと思う。
まずは、食事だ。毎日ではないが、結構な頻度で風呂に浸かりながら食事をしている。特に身体が冷え込む冬の季節には、さらにその頻度は増える。
僕の平均体温は35度台。極度の冷え性なので、この季節は部屋のどこにいても、だいたい寒い。
色々と思案した結果、“この部屋の中で一番暖かい所ランキング”で風呂場が首位を獲得した。冬場の食事は鍋が多い。おかわりをする際もわざわざキッチンに行かずに済むし、適宜好きな具を、好きな量だけよそって食べることができる。大好きなキムチ鍋を作り、浴槽の蓋を半分だけ開けて、その上に鍋や取り皿、箸をセッティングしていく。
ご機嫌な気持ちで美味しいものを食べる。こんなに最高なことはない。そして、最高な気持ちは湯に溶けていって、僕の身体を包む。この感覚が唯一無二なのだ。
料理が美味しい店に行って、同じような気持ちになったとき、それを包むものは空気であり、気体だ。対して、僕が風呂飯を実行した際に包んでくれるのは液体。感情を媒介するものとして、気体よりも液体の方がダイレクトに感じる。空気に触れることはできないが、液体には物理的に触れることができるからかもしれない。「感情に包まれている」ということを体感できるのだ。
この話をライブのMCで話した際にすごい空気になったので、色々と引かれる可能性は承知している。衛生面もね。当然わかっている。わかっているんですよ。視線から逃れるように、次へ行きます。
他にも風呂で行っていることを挙げていきたい。映画やアニメ鑑賞、読書などだ。これは多くの方が行っているのではないだろうか。喜びや悔しさ、悲しみや考えさせられる内容など。作品を通して得た感情たちが、気体に囲まれているときよりも、液体に身体が包まれているほうが、自分事として没入しやすい。あとは涙をどれだけ流しても、湯船に落ちるのだから気にしなくて済むというのも加点すべきだ。
そもそも、なぜこのような芸術に触れるのか。
それは、「感情移入をしたいから」である。
酒を飲む理由が「酔いたいから」なのであれば、強めの酒をクイッと飲んでしまえば話が早い。同様に、早めに感情移入したいのであれば、風呂に浸かってしまったほうが話は早い。加えて、自分が裸だからという説もあるような気がする。服を着ているときと、物理的にノーガードな状態でいるときとで、体から心までの距離に差があるのは当然なのではないか。希釈せずに得られるインプットを基に、そのまま楽曲を作ることもある。吸収率が高まっている分、アウトプットの質も高まる。多くの楽曲が、風呂場から生まれてきた。
最後にもうひとつ。ネガティブな感情の消化である。嫌なことがあったときには、風呂に入るのが一番だ。僕のやり方を紹介しよう。まずは気に入らないこと、腑に落ちないことを思い浮かべる。そして言語化できそうなものは、言葉に変換する。そこですぐに口から出さないのがポイントだ。あとは、どれだけ考えても言葉にならないものもあるだろう。それは心の中の「言葉にならないフォルダ」にいれてセット完了。
言語と非言語の2フォルダを心に携えて、風呂の中に潜る。そして、その後一思いに湯の中で、それらの全てを口から発散させるのだ。おそらく「ボゴォォォォ!ブゥゴォブゥゴォォォゥツ」としか聞こえないはず。このやり方の利点として、自分自身が聞きたくない言葉を、自分の耳で聞かなくてもいい、という点がある。悪口は聞いただけで自分の心に再びインプットされて、心にこびりついてしまうので、なるべく自分自身も聞かないほうがいい。また、言語化できないというモヤモヤも気にする必要がない。言語も非言語も、どちらも風呂の中では「ボゴォォォォ」でしかないのだから。ただひたすらにアウトプットだけを行う。
そして、ここからがこのやり方の最重要部分だ。その「ボゴォォォォ」と音を放った湯を、一思いに抜くのだ。湯が減っていくごとに、自分のネガティブな感情も少しずつ減っていくのが分かる。古くから「水に流す」という言葉が使われてきた理由は、それが本当にそうだったからなのではないかと僕は思う。
先日、友達数人と温泉に行ってきた。友達は湯に浸かりながら「あーやっぱり家の風呂よりもいいなー」と言って空を仰いでいる。
その横で僕は「温泉ではキムチ鍋も映画鑑賞も『ボゴォォォォ』もできないんだよな」と思っていることを口に出せないまま、空を仰いでいた。よそはよそ、うちはうち。家風呂の良さと、外風呂の良さは、まったくの別物だ。

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)
<第10回に続く>神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。