「仕事は大好きだけど、会社はクソ喰らえ」忖度、義理、出世……会社の面倒をすべて蹴散らす女性社員の爆走お仕事ミステリ【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/3/6

高宮麻綾の引継書城戸川りょう/文藝春秋

 「仕事は大好きだけど、会社はクソ喰らえ」——胸のうちでそう毒づきながら、働いている人は意外と多いに違いない。いい仕事がしたいと全力で働いても、よく分からない圧力でそれが上手くいかない。せっかく見出した良案は、訳の分からぬ理由で却下され、上司はさらに上にいる人の顔色ばかりをうかがっている。だが、「こっちはいつだって辞める覚悟はできているんだ」と思いつつも、やりたいことを成し遂げるまではこの会社からは離れがたい。今の環境に疑問を抱きながらも、必死で戦い続けている人に読んでほしい本がある。

 その本とは『高宮麻綾の引継書』(城戸川りょう/文藝春秋)。第31回松本清張賞選考会で話題を呼び、受賞作と最後まで接戦したお仕事ミステリだ。会社への鬱憤、イライラを抱えながらも、それでも仕事を愛してやまないという会社員は必読。魑魅魍魎が跋扈する職場を生き抜く暴走系主人公に力強いエナジーをもらえる1冊だ。

 舞台は、大手食品会社・鶴丸食品の子会社TSフードサービス。3年目の社員・高宮麻綾(たかみやまあや)は、親会社主催の新規事業のビジネスコンテストで優勝。事業化に向けて動き出すはずだった。だが、懸命に練り上げたその事業案は、親会社からの一言であっけなく潰される。その理由は“リスク回避”。「なんであんたたちの意味わかんない論理で、あたしのアイデアが潰されなきゃなんないのよ!」。怒りを爆発させた麻綾は、社内外を駆けずり回り“リスク”の調査に乗り出すことになる。

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「失うものがない人の怖さ、思い知らせてやるわ」

 麻綾という女性は、とにかく喧嘩っ早い。少しでもおかしいと思ったら、口を挟まずにはいられない。相手が少しでもおかしなことを話し始めようものなら、貧乏ゆすりが止まらず、どうにか堪えようとしても、舌打ちが漏れて、結局ブチキレる。そんな麻綾の短気な姿に、最初は「そこまで怒らなくても」と思わされるかもしれないが、麻綾の所属する会社の状況を知れば知るほど、麻綾がキレるのにも納得する。この会社は伏魔殿。上司たちは親会社を「本店」と呼び、そのご機嫌ばかりをうかがい、自分の保身に走る。自らの利益のためならば、誰が何をするか分からない。誰が味方で、誰が敵なのか。味方だと思っていた人から妨害を受けたり、敵だと思っていた人が意外と良い人だったり……。そんな絶望的な環境の中で、麻綾が自分の事業を成し遂げるために闘い抜くさまは痛快。スリリングな展開続きで、手に汗握らずにはいられない。

 どうして麻綾はここまでこの事業に全身全霊を懸けるのだろう。それは、「自分にはこれしかない」と思っているせいだ。憧れていた先輩はいつの間にか会社を辞めてしまったし、周りの友人たちは誰もが幸せそうに見える。比べる必要がないのは分かっているが、色々な人のことを無意識に意識しては、自分が何も掴んでいないように思えて焦ってしまう。そんな気持ちは誰もが抱いた経験があるのではないか。そんな中で、ようやく見つけたと思った新規事業を、簡単に手放せる訳がないだろう。だから、懸命になる。そして、頑張っていれば、その姿を誰かは見てくれているものだ。自分以外はクズで、自分だけが頑張っているのだと、ひとりで戦っているつもりになっていた麻綾は、次第に、自分を支えてくれる人たちの存在に気づかされていく。そのさまに、こんなにも心揺さぶられるとは思わなかった。

「なんというか、久々に楽しいのよ。自分が存在しなかったらこの事業は存在しなかった、とかなんとか思うと、なんかこう、たまんなくない?」

 そうか、仕事は、ただ、楽しいと思うことを突き詰めていけば、それでいいのだ。麻綾を見ているとそう実感し、安心する。自分の人生は素晴らしいと無理なく思えるような、そんな「たまらない」と思う瞬間を求めて、私たちは仕事に励めばいい。むしろ、仕事とはそうあるべきではないだろうか。忖度や義理、出世なんてどうでもいいのだ。麻綾が奮闘するさまをみていると、自分ももっと頑張らなくてはと思えてくる。もっと恐れずに理不尽と抗ってみたいと思える。この本には「イケてる大人の喧嘩術」があると言っても過言ではないのかもしれない。仕事に真剣に取り組んだからこそ見えてくる景色を、会社との闘いの果てを、ぜひともあなたも見届けてほしい。

文=アサトーミナミ

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