…なんで私に? 仲が良かったわけではない高校の同級生から届いたお葬式の招待状。人生の悩みを撫でてくれるような作品に不意打ちで泣いてしまった『べつに友達じゃないけど』鼎談

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更新日:2025/3/26

目次のサブタイトルが、まるで同年代の友達と行ったカラオケの履歴みたい。

 お葬式の招待状の送り主はかつての同級生・水原すみれ。お葬式で再会した同級生4人は、控えめで大人しかった彼女のことをあまり覚えていない。それにもかかわらず自分のお葬式に4人を呼んだ彼女の真意は…?

サエ子:水原さんのキャラクターがものすごく素敵。亡くなっちゃってるから、1人だけ現在の様子が描かれていないじゃないですか。そこがすごくいい。

川内:ああ、そうですね。 空白があります。

サエ子:みんなには水原さんの断片的な記憶だけがあって。水原さんにも亡くなった40歳までの人生はあるはずなんだけど、でもそこが途切れていることがすごく良い。で、最後の4コマでね、泣かされちゃうんですよ。水原さんのこのキャラクター像は最初からあったんですか?

やまもと:うーん、なかったかもしれない。最初はそんなになくて…。4章の章タイトルは「素直」なんですね。槇原敬之さんの曲のタイトルなんですけど、その歌詞に描かれているような女の子にしました。

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サエ子:好きな曲の歌詞からなんですね。

やまもと:私がなりたい人物像なんですよ。私は人にトゲトゲしちゃうことがあるんで。ささくれだった心を柔らかくしたくて、定期的に槇原敬之さんの「素直」を聴くようにしてるんです。「素直」に出てくる人物は自分で自分の人生をちゃんと素直に受け取って、彩りをつけていく。そういう人に私はなりたい。そういう人をモデルにしたのが水原さん。私がこうありたかったなと思う人物です。

サエ子:素敵…! 水原さんはそんなに目立つキャラクターではないけれど、同級生たちを俯瞰して見ていて、みんながワチャワチャしているのや、井上さんという同級生がちょっと照れてたりする様子を見ながら「可愛い人やなあ」ってニコニコしている。

 例えば藤井さんという同級生がアニメの話をして周りから「オタク」って揶揄われているシーンで、ギャルの大場さんが「あのアニメはようできてるんやで!」というフォローを入れた様子を見て、「ああ私の好きな人たちは素敵だ」って思うような子。私もそんな子になりたかったな。

サエ子:槇原敬之さんのお名前が出ましたけど…、エピソードタイトルが全部J-POPのタイトルになっているじゃないですか。

川内:われわれ世代のヒットソングたちですよ。

サエ子:この目次を見たらさ、「(私たちに刺しに)きたね!」ってなるよ(笑)。

川内:そうね、まんまと刺さったよ(笑)。

サエ子:カラオケの履歴ですよ(笑)。この並びもいい感じで、同年代の友達と4人ぐらいでカラオケに行ったら、それぞれの趣味でこういう順番に並ぶよねっていう。まさに、我々アラフォーの民は青春時代に聴いてきた曲たちなんですけど、目次にあるのは実際にりえさんが聴いていた曲ですか?

やまもと:ほとんどそうですね。

サエ子:水原さんのキャラクターは目次にある「素直」に寄せて書いたとおっしゃっていましたが、全編通して目次が先にあった感じでしょうか?

やまもと:基本的に目次は後付けですね。最初は淡白なタイトルをそれぞれの話につけてたんですけど、編集の清さんが「当時流行ってた曲にしてみては?」とおっしゃってくださったので。

サエ子:うまいなあ、清さん、うまいなあ。(後ろで聞いている清さんが笑う)

川内:なるほどなあ、いいなあ。

やまもと:曲を決めるのがすごく楽しかったです(笑)。1話ずつ読み返して、話のテンションがあってて歌詞もあっているような曲を探して。曲を聴きながら、歌詞を読みながら。

サエ子:お葬式でみんなが再会する話のタイトルが「長い間」じゃないですか。冒頭からもう頭の中でKiroroが流れてね。イントロのピアノがね。その状態で読むから、もう泣けちゃうの。

やまもと:そう、名曲の力ってすごいなって(笑)。

サエ子:特に私の共感がすごかったのが「SEASONS」のところ。大場さんの話。昔はギャルで「可愛い可愛い」って言われてきたけれど、現在はおばさんになっちゃって。バイト先の若い男の子と喋って、自分がその場を離れた後に、その子が若い女子たちに「いやもう(おばさんに気に入られて)参っちゃって」みたいなことを言うの。そこでね、若い子たちが「あの人おばさんなのにSNSのアイコンが無駄に可愛いやつなんだよ」って。「若い時から時間が止まっちゃってるんだろうね」みたいなこと言われてさ。もう…

川内:悲しくなるよねえ(笑)。

サエ子:もう本当にさ、私最近さ、ずっとこういうの気にして生きてんの! 編集部の若手と喋ってるときにさあ…

やまもと:痛いおばさんにならないように……わかる(笑)! セクハラじゃないかなあとか?

サエ子:そう! セクハラじゃないかなとか。若い子の肩をポンって叩いたときに「いっけない! もう昔の私じゃないんだ」ってね。

やまもと:(爆笑)あはは

川内:たぶんね、気にしすぎることで逆にそうなるのよ。

サエ子:そうなんだけどね。だから大場さんの気持ちは本当にわかるのよ。で、「SESONS」なんですよサブタイトルが。大場さんは絶対に浜崎あゆみを聴いているタイプだからね。

やまもと:うんうん、大場さんは絶対にあゆを聴いてる(笑)。お店の若い子たちに悪口を言われてるところは、「私が言われたくないこと」を詰め込んでる。「これ言われたら傷ついちゃう」みたいなのを。自分で書きながらまた傷ついちゃって(笑)。

サエ子:「あの頃のノリで生きてんだろうね」なんて言われたくないですよ(笑)。日々、恐れながら生きてますよ(笑)。

 でもねこれね、曲のタイトルをつけたことによって、漫画に添えたお漬物みたいな。香の物っていうか。香り立つようになっていて、それが読書体験として新しく感じるんです。

川内:うん、香るよね。思った。

やまもと:わあ、思ってもみなかったです。

サエ子:絵柄が優しくて線も柔らかい。「エグられたらきついな」…みたいなところや、強烈に感情が揺さぶられるところであっても、このいわゆるコミックエッセイの(柔らかいトーンの)描き方だからちょっとマイルドになるし。さらに、このタイトルたちが香って、いい塩梅です。

川内:僕は正直この中では自分とリンクするキャラクターがいなかったんですけど。この漫画は「人生の悩み」というところもひとつのテーマだなと思って読みました。それぞれにアラフォーなりの人生の悩みがあって、僕ももちろんあるわけですが、その悩みを優しく撫でてくれる。触れてくれるっていうのかな。エグってくる作品もあるじゃないですか。そうじゃなくて、撫でてくれるんですよ。

サエ子:この番組のディレクターさんなんか、今日会った瞬間に「おはよう! 泣けたね!」「泣くつもりじゃなかったからやばいよ!」って言ってました(笑)。

川内:僕も不意打ちで泣いてしまいました。すごく優しい気持ちになれる漫画です。

取材・文=近視のサエ子

『べつに友達じゃないけど』

 空っぽの大人になった私を動かしたのは高校時代の小さな約束だった。40歳を過ぎたある日、地元を離れて暮らす私のもとにお葬式の招待状が届いた。結婚式の招待状みたいに華やかなそれの差出人は、亡くなった高校の同級生。名前に覚えはある…でも、なんで私?  本当の友達なんていないと思っていた男女4人の物語。それぞれが「高校生だった頃の私が今の私を見たらどう思うだろう」と、上手くいかない現実への思いを抱えて暮らしている。住む場所も生き方も異なる4人は、高校時代に一瞬だけ重なり合う瞬間があった。

やまもとりえ
漫画『うちらはマブダチ』1〜2巻『わたしが誰だかわかりましたか?』『わたしは家族がわからない』『Aさんの場合。』『お母さんは心配症!?︎』他発売中。

川内啓史
1985年札幌生まれ。音楽家・ベーシスト。角松敏生、SPEED、広瀬香美などのツアー演奏・サポートの他、師匠である梶原順とのトリオ「川成順」でのライブ活動。

近視のサエ子
兵庫県西宮市出身。音楽家、映像作家、ビジュアル表現者、ラジオパーソナリティ。地上波お笑い番組の映像編集者、カルチャー雑誌の編集者を経て独立。漫画の広告プランナー・クリエイティブディレクター・広報などを務める。

「推しに願いを -Wish Upon A Star-」
漫画編集部で働くアーティスト・近視のサエ子が、ベーシストの川内啓史と一緒にいま読んで欲しい最新漫画の紹介や、ちょっとマニアックな視点で漫画を掘り下げる、漫画推し、なプログラム。当インタビューの全容はJ-WAVE Podcast「推しに願いを -Wish Upon A Star-」をお聴きください。

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