トー横キッズの少女が巻き起こす“復讐劇”が痛快!『悪い夏』『正体』の著者が描く、新宿が舞台のヒューマンサスペンス『歌舞伎町ララバイ』【書評】
PR 公開日:2025/3/20

『歌舞伎町ララバイ』(染井為人/双葉社)は、歌舞伎町に生きる人々の姿をリアルに描き出した物語だ。トー横キッズ、観光地化する新宿、そして歌舞伎町に渦巻くさまざまなビジネス。これらが政治とどのように絡み合うのかを浮き彫りにしながら、重厚な人間ドラマを紡いでいる。単なるエンターテインメントではなく、日本社会が抱える闇を読者に突きつける作品である。
主人公は、家庭の事情で15歳にして家を出た少女・七瀬。彼女は混沌とした歌舞伎町に安住の地を見出すが、その街を食い物にしようとする大人たちの存在に気づく。彼らは歌舞伎町を利用しながら、そこに生きる人々の人生を搾取することに躊躇しない。そして、ある事件をきっかけに七瀬は復讐を決意し、街に巣食う“悪”を一掃する道を歩み始める。
本作の最大の魅力は、七瀬というキャラクターのカリスマ性と、鮮烈な新宿の描写にある。七瀬は、若さゆえの純粋さと、時にそれを凌駕するしたたかさを併せ持つ存在だ。物語が進むにつれ、その魅力は増し、読者を惹きつける。また、彼女が愛してやまない新宿という街もまた、強い存在感を放つ。歓楽街として名高い歌舞伎町、迷宮のようなゴールデン街、そしてセクシャルマイノリティが集う新宿二丁目。それぞれのエリアに根を張る人々の生き様が、リアルな情景描写とともに読者の心に焼きつく。
“トー横キッズ”という言葉は、ニュースでは逸脱した若者の象徴として取り上げられることが多い。しかし、本作を読むとその印象が大きく変わる。なぜ彼らはトー横に集うのか? なぜ家に帰ることを選ばないのか、あるいは選べないのか。本書は彼らを一過性の社会現象としてではなく、日本社会全体の問題として扱い、読者に問いを投げかける。子どもたちの未来のために、大人は何ができるのだろうか。そんな問いが、作中に深く刻まれている。
こうした重いテーマを抱えながらも、本作は復讐劇としての娯楽性をしっかりと備えている。権力や金に執着し、他者を踏み台にしてのし上がろうとする人々に対し、七瀬が鉄槌を下す展開は痛快だ。また、欲望にまみれた街にも良心は存在する。七瀬は、信頼できる大人たちの支えを受けながら生き延びる。彼らの存在は、社会に蔓延する不安のなかに希望の光を差し込む。
扱うテーマは深刻でありながらも、読後には爽快感が残る作品だ。歌舞伎町、そして日本の未来が、少しでも希望を感じられるものであればいい。そんな想いが、物語の幕引きには込められているように感じられた。多くの読者に、その感動を体感してほしい。
文=宿木雪樹