「北村匠海くんに『すげー映画だね!』と興奮しながら握手しました」映画『悪い夏』原作者・染井為人×脚本家・向井康介×監督・城定秀夫 鼎談で明かされる撮影秘話

エンタメ

公開日:2025/3/25

 北村匠海さんが「闇堕ち」する公務員を、河合優実さんが育児放棄寸前の母親役を熱演していることでも話題の映画「悪い夏」が2025年3月20日に公開されました。原作者である染井為人さんと脚本家の向井康介さん、さらに監督の城定秀夫さんのお三方が集結! 映画化を記念したスペシャル鼎談が実現しました。原作小説や映画の感想、撮影秘話をはじめ、自身の小説や映画の楽しみ方についてなど。さまざまな切り口で熱く語り合っていただきました!

ブラックコメディ感&疾走感あふれるサスペンスエンターテインメント映画の誕生

――まず染井さん、映画の感想からお聞かせいただけますか?

染井為人さん(以下、染井):一瞬もダレることなく息をもつかせぬ展開が続き、最後にはカタルシスを得られる。そんな疾走感あふれるサスペンスエンターテインメントに仕上がっています。2時間があっという間に感じ、一観客として非常に興奮しました。

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 全体にジメっとした空気感が漂う、すごく好みの作品ですね。表現の自由という意味で、我々クリエイターにとって厳しい時代になってきましたが、そんな中でもこういったチャレンジングな作品を撮っていただけたことが何より嬉しいです。

城定秀夫さん(以下、城定):ありがとうございます。原作もすごく面白かったです。プロデューサーから手渡された日に一気読みしたほど。「どういうテイストの映画にしようかな」とワクワクしながら読んだことを覚えています。

 映画化に際し、「ブラックコメディ感」は残しつつ、とはいえ、あまり社会問題に切り込むようなテイストにはしたくないと考えました。原作が出版された2017年と現在では貧困ビジネスの事情なども違っていますし、そこをアップデートしたとしても5年後には古くなってしまう。それよりももっと普遍的な部分に着目したかった。そのあたりをすり合わせるために、プロデューサーや向井さんとはけっこう時間をかけて議論しました。

向井康介さん(以下、向井):僕自身、サスペンスや暗い話が好きですが、城定さんもこういったダークなテイストの作品を撮られるんだなと少し意外でした。城定さんとは業界の同じような場所にずっといて同志のように思っていたけれど、これまでなぜか仕事をすることがなかったんですよね。原作がめちゃくちゃ面白くて好みだったこともあり、ぜひご一緒したいと思って脚本を担当させていただきました。

 クランクイン前にお会いしたら染井さんはすごくおしゃれな方で。最初、衣装部のスタイリストさんかと思いました。「この人があの小説を書いたんだ!」と、いい意味でギャップがありましたね(笑)。

染井:それはありがとうございます(笑)。

「試写を見終えた瞬間、『すげー映画だね!』と主演の北村くんと握手しました」(染井為人)

生活保護の不正受給がテーマの原作は、知人との会話がきっかけで生まれた

向井:それにしてもこれがデビュー作とは思えないほど構成力とエンタメ力のある小説ですよね。夏に汗だくになりながら生活保護ビジネスをやっている人たちに、公務員が巻き込まれていく……。読みながら映像が脳内に浮かび、これはいい映画になるぞという予感がしました。

城定:小説の文章から映像が浮かんだ感じ、よくわかります。まさに夏がテーマ。不快な暑さの中で狂っていく究極の人間のドラマです。そもそも染井さんはなぜこの物語を書かれたんですか?

染井:30歳くらいのとき、小説家になろうと思い立ってネタを探していました。某市役所で働いている知人と食事をしていたときに、生活保護の不正受給の話になりまして。ちょうど芸人の母親が生活保護を受給しているというニュースが流れている頃で、「本当にあるんですか?」と聞いてみたんです。すると「市役所の入り口に置いてある車いすに乗って申請に行き、終わったあと車いすを降りてスタスタ歩いて帰っていく人がいるんです」と。そんな話を聞いたことがきっかけで、生活保護をテーマにした小説を書こうと思ったんです。ただし当初から説教くさい話ではなく、ヒューマンドラマ寄りのエンターテインメント作品として仕上げたいと思っていました。

――向井さんは原作を読んで、映画監督の今村昌平さんのような世界観があると感じたそうですね。

向井:今村監督は自作のことを「重喜劇」と呼んでいます。軽喜劇や軽演劇をもじった今村さんの造語なのですが、人の滑稽さや欲望さえも喜劇として捉えている。そんな「重喜劇」のテイストが染井さんの小説にもあると感じました。登場人物たちは必死なんだけど、なんだかクスッと笑える滑稽さが見て取れて。原作のあとがきにも悲劇と喜劇についての思いが綴られていましたが、それを読んだときも「本当にそうだな」とすごく共感したんです。

染井:僕も向井さんの脚本を読んだとき、人間くささというか「生っぽさ」のようなものを感じました。また試写を見たとき、映画の中にもその「生っぽさ」がちゃんと生きているのを感じました。おふたりとクリエイターとして根底にある部分で通じ合うことができた気がして、すごく嬉しかったですね。

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