玉置玲央エッセイ「演劇は変わらず超愛してる、でもいつ辞めてもいい。」/では、後ほど

文芸・カルチャー

公開日:2025/3/30

大河ドラマ『光る君へ』藤原道兼役での名演も記憶に新しい俳優・玉置玲央さんが、40歳を記念した自身初のフォトエッセイを出版。

全編書き下ろしのエッセイ40編に加え、自身の趣味であるカメラで撮影した写真や、演劇の街・下北沢、プライベートでの癒しの場所・江の島で撮影したグラビアも収録されています。

さらに、10代の頃からの憧れの存在・向井秀徳(ZAZEN BOYS)さん、古くから交友があり事務所同期の松居大悟(ゴジゲン)さん、舞台『ダブル』で共演した役者仲間・和田雅成さんとの対談や、自身が20代の頃に書き下ろした未公開戯曲『どくはく』も必見。

役者として生きてきた日々やこれまでの人生を振り返り、自己を深掘りした本書には、著者が豊かな経験を通して得てきた喜びや苦悩、教訓のすべてが詰まっています。俳優・玉置玲央さんの人間的な魅力をひも解く貴重な一冊を、ぜひお楽しみください。

※本記事は『玉置玲央フォトエッセイ では、後ほど』(玉置玲央/KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました

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『玉置玲央フォトエッセイ では、後ほど』
(玉置玲央/KADOKAWA)

二律背反の覚悟

 後輩からの相談やインタビューなどで『俳優辞めようと思ったことはないですか?』と聞かれることがあります。
 答えはイエス。なんなら、めちゃくちゃいっぱいある。

 自分で言うのもなんだけど、演劇に対して『だけ』は真面目で真摯で、物凄い熱量ぶち込んで取り組んでいるのだろうという印象を持っていただくことが多いみたいです。
 これも答えはイエス。そういう風に生きてきたつもりだもの。
 だから意外って声も良くいただきます。じゃあ矛盾してるじゃないかと思いますか? でもそれが今、俺の中ではイイ感じでバランス取れているのですよ。
 俳優辞めたら畑仕事しながら家具職人やって、その家具を並べてカフェをやりたいんだよな。そんな余生をおくりてぇもんです。

 若い頃は、お芝居をやることに対して職業なんて認識はなくて、ただただ仲間と集まって朝から晩まで稽古して、稽古終わったら飲みに行って、ヘロヘロのまままた翌日稽古して。オフの日にも誰かの家に集まってお菓子つまみながら酒飲みながらゲームやって夜通し騒いで夜中にラーメン食いに行って。それだけで楽しかったし何ならそれが目的だったりもした。中屋敷んちでやった人生ゲームとか一生忘れないし、その後夜鳴き軒で食ったラーメンも一生忘れない。淵野辺の王将のキムチチャーハンも両面焼きの餃子も、庄やの阿鼻叫喚の飲み会も、忘れられる訳がない。
 はたから見れば狭い世界の中で、自分こそが誰よりも一番面白い芝居やってるって、誰にも負けねぇって目ん玉ギラつかせてニヤニヤ突き進んで。演劇に向き合えば向き合うだけ演劇を愛すれば愛するだけ、演劇もこっち見てくれる愛してくれるって信じて疑ってなくて。俺は一生こうやって生きていくんだって決意固めて。
 とにかく、頭の先からつま先まで演劇が大好きだった。演劇に纏わる全てが大好きだった愛しかった。

 それは今でも変わってないし嘘でもないんだけど、自身が大人になってお芝居が生業になって時代も変わって、それだけじゃなくなったこともやっぱりたくさんあるんだよね。嫌いになんてなってない。それは間違いなく言える。今でも劇団の仲間たちや共演者のみんなと一緒にいるのは代え難い時間だし、燃え盛る欲求のようなものが轟々と音を立てているし、演劇を愛していると胸を張って言える。
 ただ、本当にちょっとだけ冷静になったんだと思う。
 昔から、演劇のために何かを犠牲にすることが好きじゃない。睡眠時間削って。貯金切り崩して。愛しい人との時間を擲って。酒に溺れて。誰かを傷つけて。誰かに傷つけられて。それで産まれるお芝居が人の心を芯から打ち鳴らすのかい?と、ずっと問うて生きてきた。誰に?俺に。健全な魂にこそ健全な演劇が宿ると思ってる。俺だって、俺の尺度では誠心誠意取り組んできたつもりでも、誰かにとってはとても真摯に演劇に取り組んでるとは思えないって見えてたりもするんだと思う。なんなら若い頃はもしかしたら犠牲にしてるじゃんて思われるような振る舞いたくさんしてたかもしれない。でも、俺は心底から犠牲だなんて思ってなかった。全てが自分と自分を取り巻く演劇のためになると思っていたし、それが俺のやりたいことだったから、苦もなく文句もなく色んなもの擲って演劇に取り組んでいた。それはマジで本当に。
 ただ、今現在、同じことはできないんだよ。
 それはなぜかっていうと、演劇と同じかあるいはそれ以上に大切なモノがたくさん手に入ったから増えたからそばにあるから身についたからだ。今こそ、俺は何かを犠牲にしかねないって予感がしているんだよね。だから、これからもちゃんと演劇を愛するために、演劇に期待し過ぎないようにしようって思うようになったんです。これは悲観的な話じゃなくて、やっぱり一生演劇を抱き締めて生きていきたいと思っているんですなんだかんだ言って。でも今、例えば若い頃のあのままの想いで演劇抱き締めると俺がぶっ壊れちゃうなって思って。多分演劇もぶっ壊れちゃう。続けられない心と身体になってしまうなって。

 それを一番明確に意識したのはコロナ禍の時です。『演劇とコロナ禍』は因縁とも言える間柄で、演劇という文化が無くなるとは思わなかったけど、もしかしたらこの先何も気にせず自由に表現活動ができる日は二度とこないかもしれないとさえ思いました。当たり前に存在している演劇が当たり前じゃなくなった時、そしてうっすら、いつ死ぬか分からないなとなった時に日常生活を大切にしようと強く思ったのです。明確に優先順位が変わった瞬間でした。俳優業がいつなくなっても大丈夫なように生きよう、過度な期待をしないようにしよう、もっと言うと良い意味でそんなに大それたものじゃないよ演劇はって思うようになって、ならいつ俳優辞めてもいいやって思えるようになったんですよね。
 演劇は変わらず愛してる超愛してる、でもいつ辞めてもいい。その二つを持っているからこそ、俺は絶対辞めないんだと思います。伝わりますこの感覚?

 ちなみに、それまでだって俳優辞めようと思ったことはいっぱいあって、それらは全て『演劇が演劇たり得ない事情で理不尽に襲いかかってきたから』ってのが理由だ。小難しい言い方は辞めよう。
 演劇で悪意を持って傷付けられたからだ。
 しんどくてしんどくてどうしようもねーこといっぱいあったよ。なんで好きなことやっててこんな思いしなきゃなんねーんだよって何度も思ったよ。でもそれは誰もが通ってきてる道じゃんね。自分だけが特別だ可哀想だなんて烏滸がましいにも程があるぜお前さんよ。
 だから俺はきっと結局絶対に俳優辞めない。
 犠牲になった全てを全部取り戻せるような奇跡に出会いたいから、テレビの向こうにアナタがいるから、劇場にアナタがいるから。誰かがそこにいてくれるからそれを頼りに演劇を手繰り寄せることができるんです。本当にありがとう。

 おい。絶対に辞めねーからな。

<第4回に続く>

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