玉置玲央エッセイ。初の映画出演で、大杉漣の凄まじさを目の当たりにした瞬間/では、後ほど

文芸・カルチャー

公開日:2025/3/31

大河ドラマ『光る君へ』藤原道兼役での名演も記憶に新しい俳優・玉置玲央さんが、40歳を記念した自身初のフォトエッセイを出版。

全編書き下ろしのエッセイ40編に加え、自身の趣味であるカメラで撮影した写真や、演劇の街・下北沢、プライベートでの癒しの場所・江の島で撮影したグラビアも収録されています。

さらに、10代の頃からの憧れの存在・向井秀徳(ZAZEN BOYS)さん、古くから交友があり事務所同期の松居大悟(ゴジゲン)さん、舞台『ダブル』で共演した役者仲間・和田雅成さんとの対談や、自身が20代の頃に書き下ろした未公開戯曲『どくはく』も必見。

役者として生きてきた日々やこれまでの人生を振り返り、自己を深掘りした本書には、著者が豊かな経験を通して得てきた喜びや苦悩、教訓のすべてが詰まっています。俳優・玉置玲央さんの人間的な魅力をひも解く貴重な一冊を、ぜひお楽しみください。

※本記事は『玉置玲央フォトエッセイ では、後ほど』(玉置玲央/KADOKAWA)から一部抜粋・編集しました

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『玉置玲央フォトエッセイ では、後ほど』
(玉置玲央/KADOKAWA)

ヒーロー

 2018年に公開した『教誨師』で初めて映画に出演させていただきました。映画の作り方もどういうプロセスで撮影が進むのかも全く知らなかったので、何もかもが新鮮かつ恐怖。知らないことに挑戦するのはいつだって怖い、ですよね。
 この作品で非常に尊い出会いをします。大杉漣さんとの出会いです。
 自分の一番の誉れは『出会いに恵まれている』ことです。
 それはもう何よりも誇れる。挫けそうになったりとことん落ち込んだ時も、今まで出会ったたくさんの方々を思えば前を向けるし、ここぞって時はかつてのやり取りや言葉を思い出せば心が奮い立つ。そういう方々と出会えてこれたご縁と選択を、俺は褒めてあげたいよ。そもそもどうして『教誨師』に参加することになったかといえば、自分が出演している舞台を漣さんの奥様が観に来てくださって覚えていてくれて、キャスティングをする際に『面白い子がいるよ』と漣さんに提案してくださったからでした。ご縁に他ならない。

 都内のとある貸し会議室で『教誨師』の顔合わせがありました。10畳くらいしかない狭い会議室に、全員ではないけど出演者が集まって顔合わせ、そして本読みをやるのです。そこで大杉漣さんと初めてお会いしました。何ともおおらかで柔和な空気を纏っていて、それでいて包み込むような圧力がある、そんな第一印象でした。
 学んだことがたくさんあります。仕事で現場に行ってるのだから学んでる場合じゃねーだろって百も承知だし、その辺の線引きというかは弁えているタイプの俳優だと自負しております。それでも、あまりに眩しくてあまりに大きくてあまりに優しくて、どうしても当てられてしまう魅力とその姿だったんです。
 映画初出演だった自分は、役作りに手こずって結構な数のリハーサルの機会を監督に設けてもらいました。お芝居が大きい、声が大きい、動きが大きいというTHE舞台芝居で育ってきたものだから、それが自分の役になかなか重ならなくて苦労したのです。漣さんとはリハーサル全てをご一緒できたわけではないけど、後から聞いた話ではリハーサルの1回目の時点で『彼は違ったかもなぁ』って思っていたそうです。そのくらい俺はポンコツだった。その自覚があって悔しかったですもん。だからもう必死ですよね。足引っ張らないように迷惑かけないように作品を損なわないように、生意気ながら大杉漣に遅れをとらないように。
『教誨師』は一対一のやり取りのみで物語が進むある意味演劇的な映画で、なので撮影も他の共演者の方たちとお会いすることはなく、その日現場にいる俳優は漣さんと自分だけということが多かったです。都外のとある施設の大きな一室を、俳優が支度したり控えたりする前室と現場となる教誨室とにパネルで区切って使っていました。その日の撮影は漣さんと自分のシーンのみ、しかも時間に追い立てられないスケジュールが組まれていたのでゆっくり準備ができるし何とも贅沢な空間と時間でしたね。漣さんはプロテスタントの牧師、佐伯という役。俺は大量殺人事件を起こした青年、高宮という役でした。前室には長机が二つ並べられた、お弁当食べたり休憩したりできるスペースが設けられていて、そこに漣さんが座って台詞の確認をしている。俺は何の気なく、こちらの台詞があった方が分かりやすいかなとか思って自分の台詞を合わせて入れる。長机を挟んで対面するその姿が、ちょうど教誨室のシーンでの佐伯と高宮のようでもあり。お互いどんどん白熱していっちゃって。休憩中だった監督やスタッフさんたちが集まってきてカメラ位置やカット割りを決めるいわゆる『ドライ』のような様相になっちゃって。でも周りでガヤガヤしているスタッフさんたちが気にならないくらい没入しちゃってたんですよ。漣さんもきっとそう。で、その台詞合わせが終わったら『よし、もうやっちゃおう!』って漣さん言い出してすぐさま本番が始まることになった。俺はただただ漣さんに手を引いてもらって導かれるままだった。
 めくるめく不思議な時間。日常とお芝居の境目が無くてシームレスにその世界になっていく。緊張も弛緩もし過ぎていない適切な状態にブワーッと陥っていってサラサラサラとお互いに佐伯、高宮が纏われていく感覚。何じゃこりゃでしたよ。大杉漣の凄まじさを目の当たりにした瞬間です。
『魂の部分で演じればいいんだから。そうしたらやりとりできる。それだけだよ』
 その不思議な時間の最後に、漣さんが俺の目を真っ直ぐ見て掛けてくださった言葉。役作りに手こずっていた俺にジンワリ染み込んでいった、大切な大切な言葉。

 本番は滞りなく終わったあっという間に。
 その日の撮影が終わると、漣さんが車で送っていってあげるって言うんです。『どうせ都内行くんだから乗ってけ!』って。俺はその日観劇予定入れていて、吉祥寺行かなきゃだからいいですいいですって断ったんだけど、『吉祥寺? ちょうどいい、昔から住んでいたところ散歩したいから行こう行こう!』って。いやいや、こんな粋な人います?惚れない要素がどこにあるというのか。
 帰りの車内では竹原ピストルさんのアルバムが流れていて、漣さん口ずさんだりして、取り止めもない会話、吉祥寺もあっという間に。漣さんは去っていく。俺はポツン。またしても訪れた、めくるめく不思議な時間。記憶と妄想が行ったり来たりしてしまう、時間。
 舞台一緒にやりたいね。
 また映画かなにか、一緒にやる機会つくるから。
 良かったらうちにご飯食べにおいで。
 それが漣さんと最後に直接交わした言葉でした。
 俺なんかよりよっぽど漣さんのお世話になった人はいるでしょうしご家族から見たら俺なんかが言うのも烏滸がましいですけど、それでもやっぱり、何かを勝手に受け継いで今、この世界にいると思ってます。じゃなきゃあのめくるめく不思議な時間が嘘になっちゃう気がして。
 知らないことに挑戦する恐怖って、じゃあいざ知ればそれで溶解するかといったら意外とそんなことはなくて、経験したってその物事を知ったって怖いもんは怖い。今だって怖いし逃げ出したくなることあるし、でもその恐怖を好きになれたら、もうきっと一生大丈夫。怖いけど愛しくもある、怖いから愛しくもあるって思えたら。誰かがきっとそう思わせてくれるって分かったら。そんな人が現れるって信じられたら。
 そう思わせてくださったから俺、今でもお芝居続けられています。本当にありがとうございます。
 大杉漣さんとのお話、でした。

<第5回に続く>

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