怒ってばかりのママに「ぼく」が仕掛けたのは…? 親と子、お互いの気持ちがわかって、最後はギュッと抱きしめたくなる絵本【書評】
公開日:2025/4/6

子どもがまだ赤ちゃんだった頃、ママやパパは「手」を動かして赤ちゃんのお世話をしていた。子どもが自分で着替えや片付けをするようになると、今度は「おくち」を動かすようになる。
絵本作家・さいとうしのぶさんによる新作絵本『ママのおくちチャック!』(KADOKAWA)には、子どもの行動にあれこれと注意するママの姿があり、まるでいつもの自分を見ているようだ。そこには、“本当はこうしたい”という子どもの気持ちや、いつも怒ってしまうママの気持ちが、ユーモラスなストーリーに乗せて描かれている。
怒ってばかりのママに子どもの逆襲が!
本の中に登場する「ぼく」は、何かをするたびにママに怒られている。寝転がって着替えていたら「はやくしなさい」と怒られるし、急いで着替えたら服がちぐはぐになってしまって、「もっと、ちゃんとして!」と怒られる。それで、“ちゃんと”着替えようとしたら、モタモタしてしまって「もう はやく!」と言われてしまう。——そうそう、これこれ。子どもが親の言葉に反応してくれているのに怒ってしまうのが親のサガ。目の前で見せられると、なんて理不尽なんだろう。ママの言葉を聞きながら、スン…とした表情をしている「ぼく」に思わず苦笑いしてしまった。“じゃあ、どうすればいいんだよ!”という心の声が聞こえてくるようで。

だけど、ママにだって言い分はある。もう出かけるまでに時間がないし、いつまでも服を着ないで風邪を引いたら大変だし、大人になってから今みたいにグズグズしていたら困ってしまうだろうから。本の中のママもきっと、そう思っているはずだ。
けれども、子どもだっていつまでも黙ってはいられない。ここから、「ぼく」の逆襲が始まった。「ぼく」は「もう いやだ!」と言う。そして「ママのおくちチャック!」と大きな声で叫ぶと、本当にママのおくちにチャックがついて、あかなくなっちゃった。怒るのをあきらめたママを見た「ぼく」は、「これは、チャンス!」と何かたくらんでいる表情。それから「ぼく」は、トイレットペーパーでママをぐるぐる巻きにして、床や壁を落書きだらけに。しまいには秘密基地を作ってゲームをやりたい放題。さすがにこれはやりすぎ! だと思う。すごく楽しそうだから、気持ちはわかるんだけど…。

そのうち、ママはソファで寝てしまったらしい。「ぼく」のおなかがぐうーっとなる。外も暗くなってきた。そんな窓の外の様子をひとりで見ている「ぼく」の後ろ姿はとても寂しそうだ。

読み聞かせをしていたら、息子がギュッと抱きついてきて…
ここまでのお話を読んだ我が家の息子が、急に「ママー!」と言いながら飛びついてきた。さっきまでは「ぼく」の大暴れをニタニタしながら読んでいたのに。どうやら、おくちにチャックをされたまま寝てしまったママと、寂しそうにしている「ぼく」を見て、自分まで寂しくなってしまったらしい。息子に抱きつかれたままページをめくると、本の中でも「ぼく」がママに抱きついているので驚いてしまった。
本の中で「ぼく」とママは、抱き合ったまま、ある言葉を伝え合う。それはきっと、「ぼく」とママが心の中でずっと思っている言葉。だけど、ときどき伝えるのを忘れてしまう言葉。この言葉さえあればきっと、世界でいちばん幸せ。怒りすぎた時も、怒られてイヤな気持ちになった時も、お互いの気持ちを知ることができる、魔法のようでいて、すごくあたりまえな言葉。——この絵本を読み終えた親子も、「ぼく」とママのようにギューッと抱きしめ合いたくなるはずだ。明日になったらきっとママやパパはまた怒ると思うのだけど、もう、おくちにチャックなんてしなくてもいい。
実際に「おくちにチャック」されたら…と想像すると少し怖いけれど、作者の描く絵はカラフルで、おくちにチャックをされたママはぬいぐるみのように可愛らしく描かれている。ママが怒りっぱなしというシリアスになりがちな場面だって愛嬌たっぷり。そんな描写からも、本当は仲良しの「ぼく」とママの間柄が伝わってきて、どのページを開いていても愛おしい気持ちになる。やんちゃな「ぼく」は我が子を見ているようだし、後から読み返せば、自分自身の思い出のように感じられそう。手元にずっと置いておきたい宝物のような絵本だ。
文=吉田あき