“アンパンマンのマーチ”には「死」のテーマが含まれている? 連続テレビ小説『あんぱん』で再注目、やなせ氏の生涯を梯久美子が語る【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/5

「なんで僕なんかに頼むのかわからない」最後まで謙虚で優しかったやなせ氏

――やなせ先生ご自身についても伺いたいのですが、憧れていたやなせ先生にお会いして一緒に仕事をするようになって、第一印象はどんなものでしたか?

 風のような感じの、さらりと軽やかな方でしたね。『詩とメルヘン』で働いていたときは私ともうひとりの編集者のどちらかがやなせ先生のところにほぼ毎日伺っていたのですが、一度も怒られたことがないし、誰かを叱っているのも見たことがないんです。7年くらい先生のもとで働いていましたが、きつく当たるとか、ちょっと不機嫌な顔するとか、「ああしろこうしろ」と命じる姿も一度も見たことがありません。

――本書の中には、やなせ先生には仕事が順調になって以降もご自身の中では悩みがあったとありました。それは接する中で感じたことだったんですか?

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 いや、お会いしているときは悩んでいる姿を見せない方でした。先生がお書きになった本などを読んで感じたことです。やなせ先生自身はアンパンマンがヒットするもうずっと前から売れっ子で、メジャーな仕事をいっぱいなさっていたんです。何でもできる人だったし能力もあって性格もいいからたくさん仕事を頼まれて、どんな分野でもある程度成功して。でもだからこそ、ご自身に代表作がないことを悩まれていたのかな、と先生がお書きになった本を読んで感じましたね。

 漫画家の方って、みなさん必ず代表作がありますよね。だからそこにはちょっと忸怩たるものがあったのかなと。私が先生に憧れて編集部に入った頃にはすでに巨匠で、詩集『愛する歌』だって十何万部も売れていたし、『手のひらを太陽に』も『やさしいライオン』もすごくヒットしていて。詩や絵本が好きな人たちの中ではすでにとても有名だったんです。

――本書を読んで、「やなせ先生ほどの方でも悩みがあったんだ」と親近感を持ちました。

 非常に謙虚な人だったので「自分がすごい」とか、本当にあんまり思っていなかったんだと思います。著名な方から仕事を依頼されても、「なんで僕なんかに頼むのかわからない」って何度も書いていらっしゃるんです。例えば宮城まり子さんからリサイタルの構成を依頼されたことがあったのですが、それもやなせ先生は「突然頼まれた」みたいな書き方をされていて。でもその前に宮城まり子さんにインタビューして、記事を出しているんですよね。そこで宮城さんは「いい人だし仕事ができる。こういう人と一緒にやりたい」とお感じになったんだと思います。

 アンパンマンが世に出たのも、ずっとさかのぼっていくと、手塚(治虫)さんが初めて大人向けのアニメーションを作るときに「美術監督やりませんか」と声をかけてこられて、その仕事が評価されたことがもともとのきっかけなんです。「なんで僕なんかに」ってやなせ先生は謙虚だから言うけど、すべてやなせ先生がそれまでにやってきた仕事が評価されたからなんですよね。

――一方で本作の中にはやなせさんが辛い時や苦しい時、力になってくれる人が現れたという記述もあります。人柄の魅力もお感じになったことはありますか?

 それはもうね、会った人全員が口を揃えると思うんですけど、いい人なんですよね。優しい人なんです。暢さんも取材を受けたときに「本当に優しい人で虫も殺さない」と答えているくらいですから。長年連れ添った奥様がそう言うのってすごいことですよね。

 あと本には引用しませんでしたけど、精神科医の斎藤茂太さんがやなせ先生に会ったときに「あなたそんなに優しい目をしていて、今までよく生きて来られましたね」っておっしゃったエピソードもあって(笑)。本当におだやかで優しい人だからこそ、人が親切にしてくれるっていうのはあったと思いますね。

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