『となり町戦争』の衝撃、再び! 情報に踊らされる私たち、真実の見えない「現在の戦争」を描いた、三崎亜記『みしらぬ国戦争』【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/10

みしらぬ国戦争三崎亜記/KADOKAWA

 情報にあふれる今の時代、もしかしたら、国家が国民を騙すのなんていとも容易いことなのかもしれない。「なに陰謀論的なことを言っているのだ」と思うかもしれないが、この本を読めば、そうも言っていられなくなる。「これは物語の中の話だ」と思いながらも、「現実でもありえなくはない」という思いが胸に広がり、戦慄。これは今の戦争の物語だ。どこまでも情報に踊らされ続ける私たちの物語だ。

 そう実感させられたのが『みしらぬ国戦争』(三崎亜記/KADOKAWA)。『となり町戦争(集英社文庫)』(三崎亜記/集英社)でデビューした三崎亜記氏が、20年ぶりに「戦争」を真正面から描いた意欲作だ。20年前に描かれた『となり町戦争』は、「湾岸戦争」という死者の姿が見えない戦争をモチーフとした「隠された見えなさ」を描いた作品だった。一方、その対となる本作は、「見えない戦争2.0」。リアルタイムで情報が共有され、即座にそれが拡散される現代を舞台に、見ようとしても真実が見えない戦争の姿を描き出している。

 舞台は、「交戦状態」にある国。国名や場所のほか、存在の全てが謎に包まれている未確認隣接国家〈UNC〉からの侵略を2年以上も受けている国だ。長く続く戦争に国民は自粛生活を続けているが、戦況は数字でしか知らされず、戦争中だという実感はない。AIによるネット投稿への検閲制度があることに少々不便を感じるくらいだ。そんな状況下を生きる、ふたりの男女を軸にこの物語は進んでいく。

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 ひとりめは、国家保安局の特別対策班に所属する、奥崎。彼は、「顕戦工作」に従事している。それは、全ての国民に戦争中だという危機意識を抱かせるため、国家により極秘で行われている偽装工作。ミサイル攻撃が起きていない地域に、擬似的なミサイル落下情報を流すことで、国民に戦争に対する当事者性を持ってもらうというものだった。もうひとりは、ユイ。海岸の漂着物を確認するという徴集業務を行う彼女は、両親の形見に刻まれた謎の文字を解明し、幼い頃失った記憶を取り戻すことを望んでいた。やがてユイは、その文字の記された漂着物を拾い集める男性や、文字と同じ言語の歌を歌う少女と出会うのだが……。

 正体不明の国からの侵略に、国民心理を誘導するための国家規模の偽装工作――突拍子もない設定のようで、この物語は他人事ではいさせてくれない。それは、ページをめくるごとに震災やコロナ禍の経験を思い出しては、「まるで同じだ」と気づかされるからだろう。そして、私たちが普段何気なく接している玉石混交の情報についても考えずにはいられなくなるからだろう。フィクションのようでいて、この物語は、今の世の中を巧みに描き切っている。だからこそ、この物語は恐ろしい。身近にある危険について描かれているとしか思えず、全身に鳥肌が立つ。

 予想もつかない怒涛の展開に飲み込まれるように、ページをめくり続けた。まさかこんなにも無我夢中で読み進めることになるとは。みしらぬ敵、みしらぬ文字、みしらぬ歌、みしらぬ戦争。そして、全てが繋がるとき、明らかになる真実に絶句してしまった。ああ、この衝撃はほかの何にも代え難い。『となり町戦争』からアップデートされた戦争の物語を、真実を見失いがちな私たちの物語を、今を生きる全ての人に読んでほしい。

文=アサトーミナミ

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