新興宗教の信者たちが、無人島で連続殺人事件に巻き込まれる──「信じる」とは何か?緊迫感あふれるクローズド・サークルミステリー【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/4/16

月蝕島の信者たち渡辺優/双葉社

月蝕島の信者たち』(渡辺優/双葉社)は、ある新興宗教の信者たちが無人島に集い、そこで連続殺人事件に巻き込まれていく数日間を描いた、ミステリー長編小説だ。

 インターネット動画を通じて布教活動を行い、信者を増やしてきた宗教団体「BFH(Bona Fide Harmony)」。彼らはクラウドファンディングによって礼拝施設の建設資金を募り、その“返礼”として、巨額の寄付をした信者のみを対象に、礼拝施設のプレ招待ツアーを開催する。舞台は、岩手県にある電波の届かない無人島。唯一の移動手段である船は3日後まで戻ってこない。そんな閉ざされた環境で、ツアー開始間もなく、参加者のひとりが死体となって発見される──。

 本作は、いわゆる「クローズド・サークル」型のミステリーだ。外界との行き来が遮断され、限られた登場人物の中に犯人がいるという、王道のシチュエーションである。警察の介入が望めない中、疑心暗鬼と恐怖の中で数日間を過ごすことになる緊迫感は、何度味わっても胸が高鳴る。

advertisement

 だが、本作の魅力はそれだけではない。物語をより複雑でスリリングなものにしているのが、「宗教」というテーマだ。無人島に集ったのは、100万円以上の寄付も厭わない熱心な信者たちと、信仰心を“資源”と見なす運営側の人間たち。その間で、真実と嘘、信仰と打算が交錯し、事件の解明を困難にしていく。

 一般的なミステリーであれば、探偵やリーダー格の登場人物のもと、真相究明という共通の目的に向かって協力が生まれる。だが本作では、宗教団体としての建前を守るという“別の目的”が優先されることで、真実の共有が阻まれていく。そのもどかしさが、謎解きの難易度と物語の緊張感をさらに高めている。

 加えて、読み進めるほどに浮かび上がるのが、「信じる」とは何かという問いだ。教義は本来、人の心を救うものであるはずなのに、同時に人の弱さを巧みにすくい上げ、依存させることもできてしまう。逃げ場のない環境、殺人事件、そして強固な“信仰心”。その三重構造が、登場人物たちの人間性をあぶり出していく様は、ミステリーでありながら一種の人間ドラマでもある。

 宗教団体を発端とした悲劇は、現実でも時にセンセーショナルな事件として世間を震わせる。ニュースで報じられる信じがたい事件は、いずれもフィクションではない。本書が描くのは、日常の中で静かに育まれた生きづらさや苦しみが、やがて異形へと進化していく過程でもある。ただのミステリーにとどまらない、“信じる”ことの光と影を描いた一作として、ぜひ多くの人に読んでほしい。

文=宿木雪樹

あわせて読みたい