科学が生んだ“妖精”がもたらすのは恩恵か、破滅か――。薄命の電撃小説大賞作家が遺した、最初で最後の物語『妖精の物理学』【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/10

妖精の物理学 ―PHysics PHenomenon PHantom―電磁幽体:著、necomi:イラスト/電撃文庫/KADOKAWA

 生成AI、家庭用ロボット、空飛ぶクルマ、メタバース、3Dプリンター住宅――。たった1台の端末で、家事や仕事、あらゆることが完結する時代が訪れた。気がつけば、子どもの頃に夢見た未来が現実となっている。さらに10年後、20年後、社会はどのように変わるのか。皆さんは、想像できるだろうか。

 第31回電撃小説大賞受賞作『妖精の物理学 ―PHysics PHenomenon PHantom―』(電磁幽体:著、necomi:イラスト/電撃文庫/KADOKAWA)は、物理現象を操る科学の妖精たちが現れた未来の日本を舞台に、世界を揺るがす危機に立ち向かう近未来SFアクション。本作でデビューを果たした著者・電磁幽体氏は、若い頃より作家を志し、苦難の末に受賞に至った。しかし、ご本人は自らの作品が書店に並ぶ光景を目にすることなく、昨年の12月に逝去された。これから輝かしい作家人生を歩むはずだったことを思うと、あまりにも無念でならない。遺稿を継いだ編集部によって出版が進められ、このたび5月10日にようやく書店に並ぶこととなった。本稿で紹介するのは、薄命の新人作家が遺した最初で最後の物語である。

 西暦2032年。天才科学者・灰谷義淵が生み出した「現象妖精(フェアリー)」の登場によって社会は一変した。斥力(せきりょく)や電磁気などの物理現象が手のひらほどの少女の姿で具現化した「現象妖精」は、人間と契約し、主人の命令に従うが、その言葉は人間には理解できない。そのため人間は妖精を単なる便利な道具として扱っていた。

 世界中で開発競争が加速するなか、日本での実験中に暴走事故が発生。「七大災害」と呼ばれる未曾有の災害が人々を襲い、甚大な被害を受けた日本は国家を解体され、国連の統治下に置かれることとなる。

 災害から数年後。重力反転によって天空に浮かぶ積層都市・神戸に住む男子高校生・室月カナエは、妖精の言葉「ストレンジコード」を聞き取る特異体質だった。彼の相棒である妖精・レヴィは、何の物理現象も起こせないポンコツ妖精だったが、「七大災害」で両親を失い天涯孤独のカナエにとって、かけがえのない友人であり、家族だった。

 ある日、研究区域を訪れたカナエは銀髪の美少女が武装した兵士に追われている場面に遭遇する。「エルウェシィ」と呼ばれる少女は、人間サイズの現象妖精だった。彼女を救うため、とっさに契約を交わしたカナエは、彼女が持つ「時間停止」という驚異的な能力を発現させ、窮地を切り抜ける。やがてカナエは、世界の命運を巡る騒動へと巻き込まれていく――。

 人間たちは妖精を道具として、武器として、あるいは実験動物としてしか見ていない。しかし、妖精たちには心がある。甘いものが好きで、愛らしく、賑やかで純真無垢でありながら、ときに苦しみ、悩み、過去の失敗を悔やみ、罪の意識に苛まれる。ごく普通の年頃の少女と何ら変わらないのだ。カナエは、使い捨てられる妖精たちを救いたい一心で行動する。しかし、その善意は、妖精の声が聞こえない普通の人々にとっては異常な行動としか映らず、周囲から冷ややかな目で見られているカナエの姿がやるせない。

 それでもカナエだけは妖精たちを道具ではなく、女の子として接し、人間と変わらない生活を与え、交流を重ね、絆を深め、命がけで守ろうとする。銃を持った兵士や、現象を操る妖精と比べれば、ただの無力な学生でありながらも、自分が信じる正義を貫く。その一途な姿に、胸を打たれるのだ。

 現象妖精は人間のパートナーである一方で、人を傷つける武器にも、世界を滅ぼす災害にもなる。本作で描かれる現象妖精は、現代科学の二面性を象徴している。どんな技術も正しく活用すれば生活を豊かにするが、悪用すれば人を傷つける犯罪の道具にもなる。科学自体に善悪はなく、それを決めるのは結局のところ人間自身なのだ。

 現実でも、日々生まれる無数の技術や製品が、妖精のように夢と希望に満ちた祝福となるのか、それとも人類を滅ぼす災害となるのか。未来を決めるのは、技術を使う私たちの選択と責任にほかならない。作者が作品に託した未来への思いを、私たちは忘れずに受け継いでいきたい。

文=愛咲優詩

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