sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第11回『裏適性リスト』
公開日:2025/4/30
「こんないっぱい飛行機に乗るために俺はバンドマンになったんじゃないんすよ」
居酒屋でビールを煽りながらぽつりと漏らした後輩バンドマンの頬は、外で光っている提灯と同じくらい赤かった。彼の近況報告はお悩み相談へと移行し、先ほどの発言に繋がった。
彼は子供の頃から飛行機恐怖症で、なるべく飛行機に乗らないように生活をしてきたらしい。しかし、ここ数年で全国ツアーの規模を拡大して国内を飛び回っている。行く場所によっては、当然ながら空路を選択する機会は増えるわけで、自分一人だけ別行程を組むのは中々難しい。横で相槌を打ちながら、僕は思った。
──ミュージシャンって、歌唱力、演奏力、作曲能力があれば仕事になると信じていたけれど、実は“裏適性”も山ほどあるよなあと。
後輩が「ちょっとトイレ行ってきます」と言って席を立ったので、自分の職業における“裏適性リスト”を書き出してみることにした。
1. 移動手段の適応力
飛行機、電車、フェリー、ハイエース──。時間優先で行程を組むツアーでは、どれか一つでも苦手だと大きな足かせになる。僕自身も、成人前後までは乗り物酔いに悩まされていたから、あのままだったら今のようなハードスケジュールをこなせる自信がない。治療もせず、自然に治ったのはたまたま運が良かっただけだ。三半規管が弱い人もいれば、閉所や暗所が苦手な人もいるだろう。遠征ができずに、チャンスを逃すアーティストがいても不思議じゃない。そういえば、漫画『のだめカンタービレ』の千秋先輩も飛行機がダメだったなあ。
2. どこでも眠れる力
僕の今月のスケジュールを見ると、14日間ほど家を空けていた。その間はホテルに泊まるのだが、自宅以外では眠れないタイプの人にとっては、かなりしんどいはずだ。隣の部屋の物音、エアコンの効き具合、マットレスの硬さや枕との相性、水回り、外の眺望、部屋の香りなど。しかも、そのどれもがランダムなので、行ってみなければ分からない。旅行なら楽しさが勝つかもしれないが、仕事としての遠征は眠れるかどうかも翌日のパフォーマンスに大きく影響する。「どうにかして眠らなくては…」という気持ちが、プレッシャーにもなるだろう。僕はしばしば枕が合わないことがあって、その度に首を寝違えていた。今ではオーダーメイドの枕を作って、遠征に携帯している。おかげで睡眠のクオリティは安定するようになったが、乾燥しないための簡易加湿器や鼻うがいキットなど、アイテムが年々増えて、装備が重たくなっているのが新たな悩みでもある。悪戦苦闘しながら、いまだに最適解を探しているところだ。
3. 見た目のセルフプロデュース力
「音楽がよければ見た目はどうでもいいでしょ?」
そう言ってくれるファンは天使だが、売れている人ほど身だしなみもぬかりない。バンド結成当初はスタイリストさんにお願いするお金なんてないので、みんなの服を持ち寄って、僕の家で衣装のフィッテング祭りを開催していた。さまざまなアーティストの衣装を参考にしながら「ああでもない、こうでもない」と言いながら試着を重ねる。しかし、真似しながら気付いてしまう。「あのアーティストだから似合うんじゃないの?」ということに。
音楽と見た目が見事に符合している、総合的なブランディングなのだ。僕らはバンドを結成する際、「こんな感じの衣装で活動しようか」という会話をした記憶は全くない。「新しい音楽作ろうぜ」という熱意のみで肩を組んだ我々が、衣装の方向性が分からないと言って天を仰ぐのは当然のことである。ヘアスタイルも然りだ。
“当たり曲が世に出た瞬間×その時点での見た目のセルフプロデュース”が多くの人にとっての第一印象になるので、初手で大きく羽ばたくためには大切な能力だろう。
4. ネットリテラシー力
今や情報の入り口はほとんどがネットであり、ミュージシャンも例外ではない。SNSの投稿ひとつで夢のステージに立てることもあるし、逆に奈落まで落ちることもある。適切なSNSの運用については僕自身も模索中だが、リスクとリターンを天秤に掛けながら発信していく力は、現代において必須スキルだと実感している。
昔はXに食べたコンビニアイスの名前だけを投稿したり、インスタは画像加工アプリだと思ってプライベートな写真をガンガン投稿したりしていた。「そんな時代もあったな」程度で済めばよいが、「デジタルタトゥー」という言葉もあるくらいなので、ひとつの発信が一生を左右するという自覚は持っていなければと思う。 昨日までのOKが、今日はNGになる。投稿ボタンが日に日に怖いものに見えるようになってきたのは、僕だけではないはずだ。
こうやって並べてみると、ひとつの仕事を成立させるために必要な裏適性があまりにも多い。
“やりたいこと−やらなければいけないこと”
この答えがマイナスにならない人しか、やりたいことを仕事にできない。
そして、今回書いた内容は学校では教わっていないことばかりだ。社会に出て初めて知るこの世界は、実に不親切だ。
「でも結局、音楽好きだし、ライブに来てくれた人に会えたら、全部どうでもよくなっちゃうからやめられないっすよね」
トイレから帰ってきた後輩が、消えかけたビールの泡を見つめながらつぶやく。
全てが得意な人なんてどこにもいない。
足し算と引き算を繰り返しながら、それでも前を向いている姿は美しい。
あなたもそうだし、僕もそうありたい。

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)
<第12回に続く>神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。