「こんなん手の運動やん」と暇つぶしに問題集。 京大卒・佐川恭一が、周囲にいた学歴厨の天才たちを綴った『学歴狂の詩』【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/24

学歴狂の詩
学歴狂の詩佐川恭一 / 集英社

 学歴に対して強いこだわりを持ち、学歴を他人の評価の基準にする、いわゆる「学歴厨」。一般に東大、京大、早慶出身者の高偏差値難関大学出身者に多いといわれるが、炎上を繰り返しながらも学歴いじりを続けるYouTube番組『wakatte.TV』が人気を集めるなど、多くの人の心の底を刺激&共有されやすい感覚なのかもしれない。

 作家の佐川恭一さんの新刊『学歴狂の詩』(集英社)も、そんな学歴厨マインドを自虐的に描いた笑えるノンフィクションだ。著者の佐川さんは滋賀県出身。ガリ勉&高偏差値で小中から町内で「神童」と呼ばれ、そのまま東大寺学園など超進学高に合格するも、家から通える某R高校の特進クラスに進学し、一浪で京大文学部というハイスペック学歴の持ち主だ。本書には佐川さん自身も抱える学歴厨ぶりを清々しいほどにぶっちゃけつつ、共に受験マシーンとして先鋭化を続けた友人たちの「生態」が描かれる。ちなみに表記は学歴「厨」ならぬ学歴「狂」。「東大文一原理主義者」「数学ブンブン丸」「非リア王」などと名付けられた彼らのこだわりや執念は一段と激しく、あまりの極端ぶりにドン引きというより、失礼ながら笑えてくる。

 たとえば天才・濱慎平は、自らが学歴にこだわるというより、その凄まじいほどの「天才」ぶりが周囲を戦慄させた人物として記録されている。著者との出会いは高校の特進クラス。常にトップを走り続けた彼は、数学の時間には数学教師でも理解できない独自の解法を編み出したり、一般人がドラクエをやるレベルで息抜きに歴史を勉強したり。何より著者を驚かせたのは、高3で受験勉強に飽きたのか、生物の問題集を猛スピードで解きながら、心底うんざりした様子で「こんなの手の運動やん」とつぶやいたこと。「濱の領域は神域である。努力だけで達することは不可能な場所がある」と著者は思い知らされたという。

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 特進クラスにはいるもののずっと劣等生だった永森はその逆(?)だ。成績判定がいくら圏外だろうが長く東大志望を変えない彼の行動の裏には、高校受験で一発逆転した経験があった。運の力と不動の意志に「あいつには秘策があるのでは?!」とクラスメートを謎に焦らせたが、中でも著者が驚愕したのは彼がノートに「apple」という単語を書き連ねていたこと。「なぜいまさら、それ?」と思われることも気にせず常に我が道をつきすすむ永森は、玉砕後に大逆転をかまし仲間たちを勇気づけもする。

 そのほか神大医学部をめざし二浪したヘビィなアニオタ・柴原など、お仲間はいずれも個性豊かで、やっぱりみんなどうかしている(ちなみに柴原は浪人時代の絶望的な心情を携帯電話に詩のように綴っていたが、それを見せられた著者はどうしても読めなかったと振り返る)。

「あまりの面白さに一気読み!受験生も、かつて受験生だった人も、みんな読むべき異形の青春記」と本書に森見登美彦さん(京大出身)がコメントしているが、たしかに大学受験経験者には「それ、ちょっとわかる」部分もあるが、やはり全員どうかしている。何事も極端すぎると笑えてくるものだが、中高時代にここまでの異常な努力を重ねていたら、そりゃ価値観に大きな影響を受けるのも当たり前だろう。今も同種の若者が大量に生み出されているわけで、「大人になれば学歴なんて関係ない」とは完全に言い切れない世が続くのも必定か。いいか悪いかはさておき、「学歴厨」の存在を絶妙に相対化する一冊なのは間違いない。

文=荒井理恵

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