ロマンチックな恋愛小説かと思いきや……登場人物は全員クズ!期待を裏切る、金子玲介のブラック短編ラブストーリー『流星と吐き気』【書評】
PR 公開日:2025/5/19

世の中には、サクセスストーリーや、恋愛のハッピーエンドを描く物語が溢れている。一方で現実はどうか。夢や願いは、必ずしも成就しない。むしろ、ままならないことが多い。だからこそ、心が砕けた先に人はどう生きるのかが、人生の最重要テーマなのかもしれない。そんな思いを抱かせるのが、未曽有のアプローチで恋愛を描く金子玲介氏の最新作『流星と吐き気』(金子玲介/講談社)だ。
2023年、第65回メフィスト賞を受賞した『死んだ山田と教室』でデビューした金子玲介氏。事故で亡くなり、声だけになって教室に戻ってきた人気者・山田とクラスメイトの日々を描く物語は、「自分の存在」に苦悩する10代を生きたすべての人々の心を動かした。2024年に立て続けに刊行された『死んだ石井の大群』と『死んだ木村を上演』に続く本作『流星と吐き気』が描くのは、恋愛物語。5人の人物が抱く元恋人への思いが交錯する連作短編集だ。しかし、これまでの作品でも我々の期待を痛快に裏切ってきた金子氏に、美しいだけの恋愛小説を期待する人はいないだろう。本書は、読者の心の思いもよらない部分を鷲掴みにするような、異色の恋愛小説だ。
本書は、表題作の「流星と吐き気」で幕を開ける。駆け出しの現代アーティストである遥也は、星をテーマにした次作の取材で流星群を見るため、友人を頼って秋田へと降り立つ。急病の友人の代わりに空港に迎えに来たのは、高校時代に交際をしていた忘れられない女性・千瀬だった。長年、焦がれた元恋人と偶然再会して、共に流星群を見るという奇跡に浮足立つ遥也。しかし、星空の下で聞かされた千瀬の言葉は、思いもよらないもので――。
続く短編「リビングデッドの呼び声」では、千瀬が別の元恋人に会いに行こうとする。玉突き式で物語の中心に移っていく5人がそれぞれ、過去の恋人に思いをぶつける。終わった恋を振り返る姿はセンチメンタルに表現されがちだが、この物語は、そんな甘くはない。元恋人との再会は、美しい記憶ではなく、自分の欠点や恥ずかしい過ち、そして、実はそこまで愛されていなかったという残酷な事実を露わにし、蓋をしていた自らの醜い本音までえぐり出す。終わった恋に苦悩する彼らはみじめで、読者は自らも思い当たるふしがあるからこそ、目を背けたくなる。しかし建前から解き放たれた人間の姿は可笑しくて、愛おしさすら感じてしまう。この物語は恋愛感情の負の側面に光を当てることで、人間の本質に迫っており、非常に興味深い。きれいごとばかりの恋愛小説が苦手な人こそ、心を奪われるだろう。
しかし本書の最大の魅力は、恋愛というテーマを超えた先にある。「願えば叶う」「思いは必ず伝わる」なんて大嘘だし、勇気を出して行動して怪我をすれば、立ち直るのは難しい。そんな人生や世界のひとつの真理を、本書は描いていると思う。著者のデビュー作『死んだ山田と教室』もそうだった。あの物語が単に、死んだ人気者の山田と再会する感動の物語であったなら、あれほど多くの人の魂を震わせなかったはずだ。金子氏はこれからも、日常にある絶望とその先にある光を、心躍る方法で描き続けてくれるはず。そんな期待と興奮を禁じ得ない。
文=川辺美希