闇社会で戦う謎の美女トモコと、孤独な風俗嬢の智子。ふたりのトモコが巨悪に挑む、伝説のハードボイルド小説・大沢在昌『相続人TOMOKO』が復刊【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/5/16

相続人TOMOKO大沢在昌/双葉社

 魔女シリーズや『撃つ薔薇 AD2023 涼子』などで、作家・大沢在昌氏が描いてきた女性主人公は皆、魅力的だ。読者が彼女たちに惹かれる理由は、厳しい運命や壁に立ち向かえる強さだけではない。迷いや弱さ、そして誰かを守りたいという優しさを併せ持つからこそ、私たちは、境遇としては遠いはずの彼女たちに共感し、深く愛してしまう。

相続人TOMOKO』の主人公である、ふたりの「トモコ」も同じだ。形は違えどそれぞれ強さと優しさを持つ彼女たちの戦いとシスターフッドを描く本作は、1990年に刊行された小説。それから30年余りを経た今年、文庫版として復刊する。

 国籍も本名も不明の謎の女性・トモコは、かつてアメリカのスパイ組織・CIAに所属して世界で暗躍した過去を持つ。CIAも関わる秘密組織に夫を殺されたトモコは、莫大な夫の遺産と男とも張り合える武力を手に、復讐のため日本に降り立つ。彼らに戦いを挑むと決めたトモコは、命を狙われる身に。日本での拠点や車を確保するため、同じ名前の19歳のコールガール・智子に目をつける。身寄りのない智子は田舎から東京に出てきたものの生活ができず、男に厳しい労働を強いられていた。

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 冷静沈着で、美しさと知力、体力を持つトモコと、度胸も知恵も乏しく、流されて生きてきた智子という対照的なふたり。しかしトモコは智子がふいに見せた強さに気付き、彼女たちは行動を共にする。日米複合の秘密組織は、さまざまな手でふたりの命を狙う。CIAや軍人、日本の警察やヤクザに追われながら、ふたりは秘密組織の闇を暴こうと画策を続け、ついにアメリカのある人物にたどり着く――。

 次々と襲いかかる敵に、智子や協力者とともに立ち向かうトモコ。屈強で容赦のない男たちを倒していくその姿が痛快だ。しかし、トモコの後ろに隠れるばかりだった智子も、困難を乗り越えるたびに変化していく。ふたりは巨大すぎる敵に、その絆を武器に戦っていく。その力がついには政治まで動かしていく展開からは、ひと時も目が離せない。

 どんな危機にも表情を崩さないトモコだったが、自分の運命に人を巻き込むことへの罪の意識、そして、いつしかかけがえのない存在になっていた智子への思いには心を揺らす。初めて抱く感情に戸惑う彼女の表情が、切なく胸に刺さる。

 本作は、ふたりのトモコの成長物語でもある。特に、何者でもなかった智子が、トモコとの出会いと戦いを経て覚悟や実行力を手にしていくだけでなく、自分の人生に誠実に向き合っていく姿には心を打たれる。血沸き肉躍るスリリングな闘争を通じた温かな心の旅を描く、稀有なハードボイルド小説だ。

文=川辺美希

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