建築家・隈研吾 初のストーリー絵本。現在の建築に繋がる幼少期の体験と、絵本で伝えたい子どもたちへの思いとは【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/30

 国立競技場など、誰もが知る建築を数多く手がけ、現在も50を超える国々でプロジェクトが進行している世界的建築家・隈研吾さん。この春に刊行された絵本『けんちくってたのしい!たてものとそざいのぼうけん』(KADOKAWA)では監修を担当。建築の楽しさやおもしろさが描かれ、本を読んだ子どもがものづくりをしたくなるような一冊に仕上がっています。

 近年は、建築を通じて自然と技術と人間の新しい関係を模索しているという隈さん。絵本にも取り上げられた自然や伝統へのリスペクト、そして素材にこだわる理由が、インタビューからも伝わってきました。

●自然から教わったものは体の中に蓄積される

——作者のたつみさんから提案を受けて監修を引き受けたそうですが、完成した絵本を見ていかがでしたか?

advertisement

隈研吾(以下、隈):子どもたちにも僕の建築の魅力を伝えたいとずっと思っていたので、オファーがあってとても嬉しかったです。僕ら建築家は、建築っていうと建物全体を、模型を大きくしたような感じで捉えているんだけど、多くの人は建築の細部にリアリティを感じていることがわかって、僕自身も発見がたくさんありました。

——子どもが工作に使うような紙や布、竹などでできた建築もあって、息子と読んでいて驚きました。こうした建築には、子どもの頃の体験が生かされているそうですね。

隈:子どもの頃、竹林で竹を握りながら裏山を登っていたので竹の感触を今でも覚えているし、温かいタオルをさわったときの感触が今でもずっと残っています。素材との付き合い方では、手でさわるというのが一番深いと思うんです。

——絵本に登場するひかりちゃんはいつも長靴を履いていますが、幼少期の隈さんがそうだったとか。

隈:土の感触を感じるのが好きで、晴れの日でもはだしで長靴を履いて走り回っていました。長靴に素足をつっこんだときの感触を今でもよく覚えています。15分くらい電車に乗った都会の小学校に通っていたので、電車の中で多摩川を越えて、鶴見川を越えると、里山の世界に帰ってきた感じがして。家に帰って長靴に履き替える瞬間が、都市のシステマティックなものから解放されて、自分の時間に入ることの象徴だったんですよね。

——やはり、自然から教わったことは大きかったのでしょうか。

隈:そうですね。学校ではいろんな物事を言葉で教えてくれるけど、そういうものってどんどん流れて消えていってしまう。でも自然から教わったものは、ちゃんと体の中に蓄積されて、流れていかないような気がしますね。

●最初のアイデアは「粘土細工」や「積み木」と同じ

——建築でも「そこにいる人があったかく感じられるように」木を使ったり、「さわりごこちを感じられるように」石を使ったりと、素材にこだわる理由が描かれていました。

隈:その建物がどんな素材で作られているのかを最初に想像するんです。普通は平面図と形を先に決めて、最後にどんな素材を貼り付けるのかを考えるので、まったく逆かもしれません。そこが僕の建築の大きな特徴だと思います。最初に、面白い素材の組み方や積み方をじっくりと考える時間がある。一つの素材に入り込んで、とことん付き合っていこうとしています。

——「陽の楽屋(新潟/ひかりのらくや)」はガラスの代わりに和紙が使われていて、そこから漏れる光が温かくて癒されます。この絵を見た子どもの感想が面白くて「和紙が雨でビショビショにならない?」と言ったそうです。

隈:嬉しい反応ですね。建物を見てきれいだと言うのではなく、紙で作った空間に感情移入していて、想像力が豊かなんだろうと思いますね。この建物には障子が使われています。日本では、明治時代に大陸からガラスが入ってくるまで、窓は紙だけで作られていたんです。

 僕もこの家を設計しているとき、それに気づいて、日本人ってなんて大胆なことをした人たちだろうと思いました。障子には柿渋とこんにゃくを塗って雨を弾いています。それを和紙の職人さんから初めて聞いたとき、僕もびっくりしました。

——伝統をつなぐ建築でもあるのですね。本の見返しにあるラフスケッチでは、抽象的だけどたしかにその建物のスケッチだとわかるし、素材の感触まで伝わってくるようでした。

隈:一つの素材でできた塊として建物を作ろうとしているから、絵がシンプルになるんです。スケッチで伝えたいのは建物の本質。ガラスと石の組み合わせとか、コンクリートとガラスの組み合わせとか、ある意味ですごく人工的な方法を考えるのではなく、粘土細工や積み木と同じように、その素材を使ってどんな建物を作れるのかを考えています。だから、スケッチが抽象的な塊に見えてくるんだと思いますね。

——それでシンプルなスケッチでもその通りの建物が仕上がるのですね。すごく納得しました。

隈:ただ実際には、粘土細工や積み木と違って、地震や雨風に耐えるとか、いろいろなことを考えないといけない。水面下ではいっぱい水かきをしています。最終的には、それを素材の組み合わせで実現するんだけど、表面は一つの素材に見えるように仕上げているわけです。

——「Birch Moss Chapel」(長野)の絵を見て、子どもが「ガラスだけでできてる!」と驚いていました。これもじつは、見えないところに工夫があるのですね。

隈:そうですね。ガラスだけのように見えるけど、じつは2枚のガラスの間に透明なシートを入れて、ガラスが割れないようにしています。そういう風に裏でいっぱい努力をして、ガラスだけでできているように見せています。

●どんな人間でも能力の差はないと思っている

——子どもにとっても夢や想像が広がる建築だと思います。隈さんご自身も、子どもの本の監修を通じてインスピレーションを受けることはありましたか?

隈:もう一回、子どもの時代に戻れたような気がしました。子どもの頃、最初に建築に出会ったときは、建築そのものが驚きの集合体のようでした。でも大人になると、だんだんそういうものが見えなくなってくる。この絵本でもう一度、驚きの集合体である建築が見えてきたような気がして、貴重な体験になりました。

——子どもの頃にさわった自然の感触や、建築を見たときの驚きを、今でも忘れないで唯一無二の建築を作っていらっしゃいます。今の子どもたちも隈さんのような存在を目指せるのでしょうか。

隈:僕が子どもの頃の記憶で何を覚えているかというと、大人がそこで話していたことにはほとんど関心がなくて、いろんな場所で遊んだり、建築物を見たりしたときに、自分が何を感じたかということです。その場所や建築物にまつわる記憶だけは、ずっと忘れずに持っている気がしますね。

——あとがきで「思ったようにつくれなくっていい。失敗なんて気にしないで、どんどん手を動かしてみよう」と、ものづくりをする子どもにメッセージを寄せられています。ここにはどんな想いが込められていますか?

隈:できあがった建築を見ると、自分とは違う能力を持った人が作っているように感じるかもしれないけど、全然そんなことはなくて、子どもと僕ら建築家の能力に差はないんじゃないかと思うんです。こういうものを作りたいって粘り強く思い続けたら、何十年後にきっとできるようになる。どんな人間でも能力の差はないと思っているから。それまでは失敗の連続だし、人間はそういうものなんだと思います。楽しいことなら、粘り強く続けられる。ものづくりでは、楽しいと感じることが一番重要なのだと思いますよ。

●ものづくりや建築で「作る過程を楽しむ」

 本稿では、絵と文を手がけたたつみなつこさんのインタビューも実施。この本はもともと、「隈研吾さんの絵本を作りたい」というたつみさんの想いからスタートしたものでした。書籍の装丁や雑誌のイラストを手がけてきたたつみさんにとっては初めての絵本。実物を見て描いた建物もたくさんあるといい、貴重な制作秘話は必読です。

——たつみさん自ら、隈さんに絵本のオファーをしたそうですね。その時の手応えは?

たつみなつこさん(以下、たつみ):以前から絵本に興味がありましたが、ストーリーが思い浮かばず、ある展示会で隈さんのことを知ったことをきっかけに大それたことを考えてしまいました(笑)。まだ出版が決まらないうちに、ご多忙な隈さんと打ち合わせをする機会をいただき、落書きのようなラフをお見せしたら「楽しみにしているよ」と仰っていただき、励みになりました。

——絵本で素材を一つのテーマにしているのはなぜですか?

たつみ:絵本をつくることになってから、1年ほどかけて隈さんのことを調べ、本を読み、その後出版が決まって、編集担当さんと「隈さんの建築の本質は何か」を考えていく中でマテリアル(素材)をテーマにした展示を見つけたんです。その時に、素材が隈さんの建築の本質の一つじゃないかという発見があり、絵本のテーマにしました。

——硬くて冷たいイメージがある建物を「やわらかくてあたたかい場所」にしようとするなど、建築に向ける隈さんの想いに心を動かされました。隈さんとのお話で印象に残っていることは?

たつみ:建築を作るのは、賞を取ったり建築雑誌に特集されたりするためではなく、その建築に携わる人たちと一緒に作るプロセスを楽しむためだと仰っていたことです。ものづくりをすると評価されたい気持ちを抱きがちですが、その過程を楽しむことの大切さが伝わってきました。子どもたちも、学校での評価を気にすることはなく、自分がどう思い、どう感じるのかが大切だと仰っていて、強く心に残りました。

●隈さんの建築に「建物の力」を感じた

——隈さんの建築がたくさん紹介されていますが、どのように選んだのですか?

たつみ:「あなたは何を入れたいの?」と言っていただいて入れたものもありますが、スコットランドのV&A Dundeeは、隈さんが「海外の建築を入れるなら…」と選んでくださいました。画像や写真ではどうしてもイメージが湧かず、遠いのですが、見に行きました。子どもがまだ小さいので、2泊5日の弾丸旅行でしたが。

——特に印象に残った建築は?

たつみ:一つに絞るなら、やっぱりV&A Dundeeです。プロペラ機で小さな空港に降り立ったのですが、そこの大きなポスターにV&A Dundeeの写真と「Welcome to Dundee」という文字があったんです。最終的に市民がコンペで選んだ建物で、街の象徴なんでしょうね。この建物があることで街に文化的な香りがするような気がして、建物の力を感じました。

 中に入ると、様々な年代の人たちが思い思いに過ごしていました。壁面の木に温かみがあるし、化石が埋まっている黒い床はかっこよくて。歩き始めの子が遊べるスペースや子ども向けのワークシートもありました。隈さんが「リビングのような場所」を目指したと仰っていたので、実際にくつろいでいた人たちを見てもらいたくて、このページを描きました。「かっこいい」とか「わくわくする」っていう子どものセリフは私の感想でもあります(笑)。

——「写真ではなく絵で建築を見られるのがいい」という子どもの感想も届いています。細部まで描かれていて、大変だったページもあるのでは…?

たつみ:那須・芦野の「石の美術館」の壁面は、石の積み方が緻密なパターンになっていて、壁の中に入ってみると、貫通した部分から光が見えるんです。現地で見ると工芸品のようにきれい。細かい描写は得意ではありませんが、きっちり実際と同じ石の段数を描きました。

——「建物で川と町をつなぐ」ことに挑戦されたV&A Dundeeや、「植物と土だけで家を作っていた頃のようなやさしい家」にした陽の楽家を見ていると、隈さんが自然や伝統を大切にしていることも伝わってきます。

たつみ:展示会にあった「建築を消したい 」という言葉を参考にしました。隈さんの建築には“穴”も多く取り入れられていて、子どもの頃に見た里山につなげたいという想いがあるそうです。

——最後のページには、子どもたちの夢が広がるような場面が描かれています。この絵に込めた想いとは?

たつみ:友だちに工作のことをいじられて落ち込んでいたいつきくんも、石が好きなひかりちゃんも、思い思いに作品作りをしていて、それまでのお話のアンサーになっている場面です。「どうしたら、きれいな景色を残しながら素敵な建物が作れるのか」と考えている隈さんのエッセンスも入れたくて、進行中のプロジェクトをモチーフにした工作も3つ入れました。この本を読んだ子も、自由な発想でたくさんのものづくりを楽しんでもらえたら。

取材・文=吉田あき、撮影=後藤利江

あわせて読みたい