望月麻衣「共存する人がいることが、“自立”には必要」。10周年を迎える人気ミステリ『京都寺町三条のホームズ』シリーズの最新刊に込めた思い【インタビュー】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/5/23

 京都にある骨董品店「蔵」を舞台に、「ホームズ」と呼ばれる京男子・家頭清貴とアルバイトをすることになった真城葵がバディを組み、美術品や骨董品にまつわる謎を解いていく――。秀逸な設定で2015年にスタートしたライトミステリ『京都寺町三条のホームズ』は、発売されるや否や、瞬く間に話題に。すぐさま続刊を重ね、21巻の時点でシリーズ累計発行部数は255万部を突破したという。

 そして待望の最新刊が5月14日に発売された。約1年ぶりとなる22巻はなんと、衝撃的な展開から幕を開ける。担当編集者も驚いたという書き出しは、まさに10周年を迎える今年出す新刊には相応しいものだろう。

 著者である望月麻衣さんは、新刊にどんな思いを込めたのか。アニバーサリーイヤーを記念して、スペシャルインタビューを敢行した。

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『京都寺町三条のホームズ 22 美術補佐人の誕生』
『京都寺町三条のホームズ 22 美術補佐人の誕生』(望月麻衣/双葉社)

■冒頭を読んで、読者にも驚いてもらいたい

――『京都寺町三条のホームズ 22 美術補佐人の誕生』では、冒頭からコロナ禍の様子が描かれます。緊急事態宣言が発令され、町はロックダウンする。それにより、海外留学するという葵の計画も頓挫してしまいます。

望月麻衣(以下、望月):15巻を書いているとき、ちょうどコロナ禍に見舞われてしまったんです。外出することさえ控えなければいけない状況で、多くの人が未来に希望を見出せなくなっていました。でも、小説のなかで描く世界はキラキラさせなければいけないのかな、と思い、筆がなかなか進まなかったんです。結果として、『京都寺町三条のホームズ』の世界は現実とは別の世界であるということにして、物語を進めていきました。

 ただ、やはりいつかはコロナ禍のことをしっかり書かなければいけない、とも思っていて。それが叶ったのが、この22巻です。自由に出歩けない、好きな人にも会いに行けないという葵が抱える葛藤や苦しみは、実際に私自身も感じていたこと。コロナ禍のときに吐き出すようにして書いた文章がもとになっているので、リアルな思いを感じ取っていただけるかもしれません。

――そんななか、葵と清貴は予想外の決断を下します。長年、本作を追いかけてきたファンからすれば夢にまで見た展開とも言えますが、「こんなに早く!?」と驚く人もいるかもしれませんね。

望月:担当編集者の宮澤さんもびっくりされていましたし、表紙のイラストを担当してくださっているヤマウチシズ先生からは「この展開って、登場人物が見ている夢じゃないですよね?」と確認されたくらいです(笑)。読者にも驚いてほしいので、実はそこの部分はあらすじにも書いていません。どんな反応があるか楽しみです。

――第一章では、依頼人の心に寄り添う葵の姿がしっかり描かれています。清貴とも少し異なるスタンスで、葵らしさが感じられるところが好印象でした。

望月:これまで清貴は「ホームズ」としてさまざまな事件を解決してきましたが、彼は完全無欠で常に冷静な人です。だから、依頼人の心に寄り添っているように見えるけれど、そう見えるように振る舞っている部分もある。一方で、葵は心の底から相手に寄り添える部分を持った人なんです。人間には良い面と悪い面があるとしたら、葵はその良い面を見つめて、受け止めようとするタイプ。だからこそ、解きほぐすことができるものがあるのかな、と。

――1巻で葵は元彼と親友に裏切られ、酷く傷つきます。そんな経験をしたからこそ、葵は他者を思いやることができるのだろうな、と感じました。

望月:そうですね。しかも、1巻で葵は、家族のものを勝手に持ち出して売ろうとしました。愚かなことに走ってしまった後悔も抱えているので、葵は「人間は間違いを犯す。それは仕方ないことなんだ」と理解しているんだと思います。だから葵には、清貴とは違った温かさがあるんですよね。

――葵はとてもやさしい。でも、だからこそ、たったひとりで我慢し、苦しみを溜め込んでしまうところがありますよね。第二章で描かれた就活のエピソードでは、葵が直面するハラスメントやつらい現実が突きつけられ、読んでいて苦しくなりました。

望月:海外留学をする予定がナシになったことで、葵は急いで就活をはじめるんです。でも、行きたいところの募集はほとんど終わっている上に、面接に進んでもなかなかうまくいかない。なかには「若い女性」である葵にハラスメントをぶつけてくる人もいる。そうしているうちに、葵の自己肯定感はどんどん低くなってしまう。ちょっと極端な描き方をしたかもしれませんが、でも、葵が経験したことって、きっと誰にでも起こり得るものなんじゃないかな、とも思います。

 私自身も、作品に対するたったひとつの辛辣な感想ですごく傷つくことがあるんです。大勢の人に褒められても、そのひとつの感想が常にチラついて、前向きになれない。もちろん、頭ではわかっているんです。そんな辛辣な言葉に囚われるのではなく、楽しみに待ってくれている読者のために書くべきだって。でも、頭ではわかっていても、心が追いつかないときもある。就活で傷つく葵の姿には、私自身の思いも重ねました。

 同時に、物語の作者として、葵には人生の試練を経験してもらいたかった部分もあります。それを乗り越え、一回り成長してほしくて。

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