紫式部『源氏物語 五十一帖 浮舟』あらすじ紹介。匂宮の甘い言葉に、浮舟は身も心もとろけ… 情熱的な匂宮と誠実な薫の間で揺れ動く浮舟が下した決断は?

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/27

源氏物語』の結末を知っていますか。“光源氏”が主人公ということは有名ですが、詳しい内容を知っている人は少ないかもしれません。教科書に載っている堅苦しい話と思われがちですが、実は大人向けともいえる恋愛小説なのです。物語としての魅力を味わうだけでなく、当時の人々の文化や恋愛感覚を知ることができる本作のあらすじを1章ずつ簡潔にまとめました。今回は第51章浮舟(うきふね)』をご紹介します。

『源氏物語 浮舟』の作品解説

『源氏物語』とは1000年以上前に紫式部によって書かれた長編小説です。作品の魅力は、なんといっても光源氏の数々のロマンス。年の近い継母や人妻、恋焦がれる人に似た少女など、様々な女性を相手に時に切なく、時に色っぽく物語が展開されます。ですが、そこにあるのは単なる男女の恋の情事にとどまらず、登場人物の複雑な心の葛藤や因果応報の戒め、人生の儚さです。それらが美しい文章で紡がれていることが、『源氏物語』が時代を超えて今なお世界中で読まれる所以なのでしょう。

 匂宮とふたりきりで過ごした時に浮舟が詠んだ「橘の小島の色も変はらじをこの浮舟ぞ行方知られぬ」という歌に因む「浮舟」の章で、浮舟は薫と匂宮の板挟みになり苦悶します。彼女の名前もこの歌に由来し、ふたりの男性の間で水面に浮かぶ小舟のように揺れ動きますが、結局浮舟が選んだのは愛や安定した暮らしではなく“死”でした。漂うような人生で、ようやく自ら下した決断としてはあまりに悲しい選択です。

これまでのあらすじ

 宇治に住む源氏の異母弟・故八の宮の二人娘(大君と中の君)と知り合い、姉の大君に恋心を寄せた薫であったが、結ばれることなく大君は亡くなった。一方、匂宮は妹の中の君を妻として二条院に迎え入れ、まもなく中の君は匂宮の子を出産した。薫は今上帝の娘・女二の宮を妻に迎えたが、亡き大君の形見のような中の君に次第に恋心を抱くようになっていた。切々と恋情を訴える薫の気を逸らすため、中の君は異母妹である浮舟の存在を明かした。宇治で浮舟を垣間見た薫は一目で心を奪われ、その後三条の東屋に移り住んだ浮舟を訪ね、一夜を過ごす。翌日、薫は宇治に建てた邸に浮舟を連れ出した。

『源氏物語 浮舟』の主な登場人物

薫:27歳。源氏と女三の宮の子として生まれるが、実の父は故柏木。今上帝の娘である女二の宮と結婚。

匂宮:28歳。今上帝と明石の中宮(源氏の娘)の皇子。中の君、六の君と結婚。

夕霧:53歳。源氏の息子。娘・六の君と匂宮を結婚させた。

中の君(なかのきみ):27歳。故八の宮の次女。匂宮の妻として二条院に住む。

浮舟(うきふね):22歳。大君、中の君の異母妹。故八の宮と中将の君の子。

『源氏物語 浮舟』のあらすじ

 匂宮は、いつぞや見かけた女(浮舟)が忘れられずにいた。そんな夫を見て、中の君は浮舟のことをありのままに打ち明けようかとも思うが、浮気な夫の性格を考えると嫉妬心も湧き、黙ったままでいた。一方、薫は宇治にかくまった浮舟をあまり構わないでいたが、いずれ京に迎え入れる時のために新居の準備を始めた。正月、匂宮は宇治から中の君宛てに届いた手紙を見て、邸で出会った女であると勘付き、どうやら薫がその女をかくまっているらしいということを知る。なぜ、薫の愛人と妻が親しく手紙を交わしているのかという疑念は薫への嫉妬に変わっていった。

 匂宮が、薫の不在になる日を狙って宇治を訪ねると、あの日邸で見かけた忘れられない女がいた。明かりが消えた暗闇の中、薫の声色を真似て浮舟の寝床に忍び込み浮舟に迫った。別人だと気が付いた時にはもう遅く、浮舟の心は薫にはない激しさを持つ匂宮に傾いていた。翌日も、匂宮は宇治に留まり浮舟と寄り添って過ごした。美しい男女が添い寝する絵を描き、浮舟への永遠の愛を語る匂宮にほだされていた。

 何も知らない薫は久しぶりに宇治を訪れた、なぜか思い乱れている様子の浮舟に、逢わない時間に大人びたものだと感心した。言葉は少ないが愛情深く誠実な薫と、対照的に言葉を尽くして愛を語る匂宮の間で、浮舟の心は揺れ動いていた。

 大雪が降るなか、浮舟のもとを訪ねた匂宮は、浮舟を抱きかかえて舟に乗せ、川向こうの小さな家に連れ出した。無理を言って2日間滞在し、匂宮と浮舟は深い愛情を確かめ合った。匂宮の激しい愛を喜びながら、誠実な薫を裏切ることもできず、浮気な匂宮の心変わりも気がかりで、浮舟は苦悩した。浮舟の母は薫との結婚を信じているようで、もしも匂宮と間違いが起きていたら二度と会うことはないと漏らすのを聞き、相談相手のいない浮舟はひとりで苦悶した。

 薫が浮舟を京の新居に移すことを知ると、匂宮の熱はますます上がった。匂宮も浮舟を隠れ家に移す計画を立て始めた。薫が浮舟を京に迎える日が決まったが、薫と匂宮の使者が宇治で鉢合わせたり、宇治から届いた文を読む匂宮を覗き見たりして、薫は浮舟と匂宮の関係に気が付く。薫から浮気を咎める手紙が届くと、浮舟は死を覚悟した。

 しばらくして、匂宮を警戒した薫は宇治の邸の警護を厳重にした。浮舟は死を決意し、薫と匂宮からの手紙を処分した。浮舟は匂宮と過ごした時間を思い出して涙し、返事がないことに不安を感じた匂宮は宇治を訪ねたが、警護に阻まれ浮舟に会えないまま帰京した。母に来世での再会を願う離別の和歌を詠み、匂宮に遺書をしたため、宇治川に身を投げることを決めた。

<第2回に続く>

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