紫式部『源氏物語 五十二帖 蜻蛉』あらすじ紹介。宇治川に身を投げた浮舟。その悲しみをまたしても女で埋める薫と匂宮は、クズ男…!?
公開日:2025/5/28
『源氏物語』の結末を知っていますか。“光源氏”が主人公ということは有名ですが、詳しい内容を知っている人は少ないかもしれません。教科書に載っている堅苦しい話と思われがちですが、実は大人向けともいえる恋愛小説なのです。物語としての魅力の魅力を味わうだけでなく、当時の人々の文化や恋愛感覚を知ることができる本作のあらすじを1章ずつ簡潔にまとめました。今回は第52章『蜻蛉(かげろう)』をご紹介します。

『源氏物語 蜻蛉』の作品解説
『源氏物語』とは1000年以上前に紫式部によって書かれた長編小説です。作品の魅力は、なんといっても光源氏の数々のロマンス。年の近い継母や人妻、恋焦がれる人に似た少女など、様々な女性を相手に時に切なく、時に色っぽく物語が展開されます。ですが、そこにあるのは単なる男女の恋の情事にとどまらず、登場人物の複雑な心の葛藤や因果応報の戒め、人生の儚さです。それらが美しい文章で紡がれていることが、『源氏物語』が時代を超えて今なお世界中で読まれる所以なのでしょう。
「蜻蛉」で、薫と匂宮は浮舟の死の真相にたどり着きます。宇治川への入水自殺だったと知り、それぞれ哀悼と後悔の念に打ちひしがれますが、悲しみから立ち直るためにふたりが選んだのはまたしても色恋の道でした。現代の感覚からすると、クズ男なのでは…? と思ってしまいますが、平安時代は多情さが男の魅力だったのでしょうか。紫式部が何を思って移り気でひ弱なお坊ちゃんふたりを源氏に次ぐ主人公にしたのか、1000年色褪せない物語の魅力はもしかするとここにあるのかもしれませんね。
これまでのあらすじ
宇治に住む源氏の異母弟・故八の宮の二人娘(大君と中の君)と知り合い、姉の大君に恋心を寄せた薫であったが、結ばれることなく大君は亡くなった。一方、匂宮は妹の中の君を妻として二条院に迎え入れた。薫は今上帝の娘・女二の宮を妻に迎えたが、亡き大君の形見のような中の君に次第に恋心を抱くようになっていた。切々と恋情を訴える薫の気を逸らすため、中の君は異母妹である浮舟の存在を明かし、宇治で浮舟を垣間見た薫は一目で心を奪われた。匂宮もまた、一時二条院で過ごしていた浮舟を見て、名も知らぬ彼女に惹かれていった。その後、薫は三条の東屋に移った浮舟を見つけ出し、宇治に建てた邸に連れ出してかくまった。これを知った匂宮は、浮舟が一度邸で見かけた女だと勘付き、薫のいない隙を見て宇治で逢瀬を重ねる。情熱的な匂宮に惹かれながら、誠実な薫への情も捨てきれず、板挟みとなった浮舟は宇治川に身を投げる決意をした。
『源氏物語 蜻蛉』の主な登場人物
薫:27歳。源氏と女三の宮の子として生まれるが、実の父は故柏木。今上帝の娘である女二の宮と結婚。
匂宮:28歳。今上帝と明石の中宮(源氏の娘)の皇子。中の君、六の君と結婚。
中の君(なかのきみ):27歳。故八の宮の次女。匂宮の妻として二条院に住む。
浮舟(うきふね):22歳。大君、中の君の異母妹。故八の宮と中将の君の子。
『源氏物語 蜻蛉』のあらすじ
宇治の邸では、浮舟の姿が見えないので大混乱になっていた。事情を知る女房は、宇治川に身を投げたのだと思い至った。浮舟の異変に気が付いていた匂宮は使いを出すが、浮舟が急死したということだけで詳細は伝えられず、どこかに身を隠しているのではないかと疑った。浮舟の母や乳母も、あまりに急な訃報に驚き悲しんだ。浮舟の遺体はなかったが、世間に浮舟の秘密が知れるのを恐れた侍女たちは、その日のうちに葬儀を終えた。
その頃、薫は病気になった母・女三の宮のために石山寺に籠っていた。浮舟の一報を聞き、薫もまた匂宮が隠したのではないかと疑うが、すでに葬儀も終えたと聞いて驚いた。なぜ連絡が遅くなったのか、そして薫の到着を待たずに葬儀をなぜ急いだのか腑に落ちず、不満を漏らした。それにしても、宇治という不吉な場所に浮舟をひとりにしておいた自分の迂闊さを嘆き、生前の可愛らしい様子を思い出して恋しく思った。
匂宮は、病を患ったように悲しみに暮れていた。見舞いに訪れた薫は、憚らずに涙する匂宮を見て、やはり浮舟とただならぬ関係であったのだと確信した。ふたりで自分を笑い者にしていたのではないかと思うと悲しみも消えたが、自分の口から浮舟の話題を出さないのも無理があると思い、宇治にかくまった女を亡くしたが、女には他に男がいたらしいと語り、これを聞いた匂宮は動揺した。それぞれに浮舟を追憶しながら、お互いの腹を探り合った。
匂宮は、浮舟の死の真相を知るため、浮舟の侍女を呼び寄せて死の間際の様子を聞き出した。どんな思いで川に入水したのだろう、その場に自分さえいたら止めることができただろうに、と思うとやりきれない。薫もまた、浮舟の死を不審に思っていた。宇治を訪れ侍女を問い詰め、身を投げたという真相を知り、とめどなく涙を流した。匂宮に惹かれながら自分を振り切ることもできなかった浮舟の苦悩を思い、宇治に放置したことを悔やんだ。浮舟の死を悼み法事を行い、浮舟の母に今後は浮舟の幼い弟たちの出仕に力添えをすると約束し、誠意を示した。
浮舟の死を悲しみながらも、薫は妻・女二の宮の姉である女一の宮に仕える女房・小宰相の君(こさいしょうのきみ)と親しくしていた。美しく、風流事にも通じている彼女に、匂宮もまた関心を寄せていたが、なびくことはなかった。
明石の中宮が源氏や紫の上のために催した法要が終わり片付けをしている最中、薫は妻の姉である女一の宮を垣間見て、心惹かれた。とても暑い日で、薄い着物でくつろぐ姿に魅入られた薫は、同じような着物を妻にも着せて、それぞれの美しさを比べて心の中で楽しんだ。匂宮もまた、明石の中宮が引き取った故式部卿宮(源氏の異母弟)の娘・宮の君が気になっている。浮舟の血縁者であることから、薫も宮の君を何となく気に掛けている。一方では宇治の姉妹を思い出し、その縁は儚い蜻蛉のように頼りないものであったとひとり物思いにふけった。
<第53回に続く>