紫式部『源氏物語 五十三帖 手習』あらすじ紹介。死んだと思っていた恋人が実は生きていた!? まるで現代ドラマのような展開で、最終章に向かっていく
公開日:2025/5/29
平安時代中期の物語文学『源氏物語』 を読んだことがありますか。教科書に載っている難しい話と思われがちですが、華やかな宮廷を舞台にして嫉妬や裏切りが渦巻く男女の物語なのです。当時の人々と現代の私たちの恋愛感覚の違いや共通点を楽しむのも面白いかもしれません。どんな物語か知ることができるように、あらすじを1章ずつ簡潔にまとめました。今回は第53章『手習(てならい)』をご紹介します。

『源氏物語 手習』の作品解説
『源氏物語』とは1000年以上前に紫式部によって書かれた長編小説です。作品の魅力は、なんといっても光源氏の数々のロマンス。年の近い継母や人妻、恋焦がれる人に似た少女など、様々な女性を相手に時に切なく、時に色っぽく物語が展開されます。ですが、そこにあるのは単なる男女の恋の情事にとどまらず、登場人物の複雑な心の葛藤や因果応報の戒め、人生の儚さです。それらが美しい文章で紡がれていることが、『源氏物語』が時代を超えて今なお世界中で読まれる所以なのでしょう。
前章で死んでしまったと思われていた浮舟が、実は生きていたということが「手習」で明らかになります。死の淵をさまよい、記憶喪失になり、生還して別の人生を送るというのは、現代のドラマでも見るパターンかもしれません。身分差のある恋、恋人との死別、思わぬ形での再会という筋書きは、千年の時を越えて人々の心を魅了するものなのでしょう。次はいよいよ『源氏物語』の最終章です。悲劇のヒロイン・浮舟にハッピーエンドは訪れるのでしょうか。
これまでのあらすじ
薫(源氏の息子)の宇治の邸にかくまわれていた浮舟が失踪した。密かに関係を持っていた匂宮に惹かれながら誠実な薫を振り切ることもできず、板挟みになっていた浮舟は、苦悩のあまり宇治川に身を投げたのだった。亡骸のないまま浮舟の葬儀が行われ、一報を聞いた薫や匂宮は驚き悲しんだ。浮舟の死を受け入れられず、お互いに隠しているのではないかと疑い合った。薫も匂宮も未練を感じていたが、新たな恋で心を慰めていた。
『源氏物語 手習』の主な登場人物
薫:27歳。今上帝の娘・女二の宮と結婚。
匂宮:28歳。今上帝と明石の中宮(源氏の娘)の皇子。中の君、六の君と結婚。
中の君(なかのきみ):27歳。故八の宮の次女。匂宮の妻として二条院に住む。
浮舟(うきふね):22歳。大君、中の君の異母妹。故八の宮と中将の君の子。
『源氏物語 手習』のあらすじ
浮舟が失踪した時、ちょうど比叡山の横川(よかわ・今の滋賀県大津市のあたり)の僧都(そうず)という高僧が、母や妹の尼と共に宇治を訪れていた。初瀬参りの道中で、高齢の母尼が急に苦しみだし、宇治のある邸で看病をしていたのだった。邸に着いた夜、僧都たちは、森の中で倒れている女に遭遇した。物の怪か狐の仕業かと恐れながらも、確かに若い女であると判明すると、邸に連れ帰り介抱した。特に僧都の妹尼は、この女を数年前に亡くなった娘の代わりのように思って懸命に世話をしたが、女はなかなか回復せず、正気が戻らない。しばらくして、母尼の体調が回復したので、僧都は横川に、妹尼は母尼とこの娘を連れて小野(今の京都市大原、比叡山の麓あたり)へ戻っていった。
小野に帰った妹尼は、美しく高貴な雰囲気の女を甲斐甲斐しく看病し、女は遂に正気を取り戻した。我に返った娘は、見知らぬ土地で年老いた尼たちに囲まれている状況に混乱したが、次第に記憶を失う前の自分を思い出した。あの晩、皆が寝静まった夜に妻戸を開け放ち、荒々しく流れる宇治川に身を投げようとしていたら、美しい男が「こちらへ来い」と言って優しく抱き寄せようとした。あれは宮様(匂宮)だったように思う……というところで意識を失い、死にきれなかったのだと気が付いてからのことは何も覚えていない。それから幾日も経ち、記憶を取り戻したこの女こそ、宇治川に身を投げて死んでしまったと思われていた浮舟だった。浮舟は、生きながらえてしまった辛さを嘆き、どんなに問われても妹尼たちに過去を語ることはなく、素性を隠しながら、日々仏前に手を合わせ読経や手習(読み書きを学ぶこと)をして過ごした。どこの誰かもわからない浮舟を、妹尼は娘のように可愛がった。そのうちに妹尼を訪ねてきた亡くなった娘の夫が浮舟を垣間見て好意を抱き、何度も和歌を贈り口説こうとする。妹尼も娘婿との結婚に期待し口添えするが、浮舟は頑なに応えない。
9月になり、妹尼たちが初瀬詣で不在の時に、折悪く例の娘婿が訪ねてきて浮舟に言い寄った。浮舟は恐ろしくなり別の部屋に逃げ込み眠れずに夜を明かし、自分の運命を悲しくも情けなく思った。翌朝、ちょうどよく訪ねてきた横川の僧都に頼み込み、剃髪をして出家した。浮舟が尼姿になったことに、娘婿は落胆し妹尼も驚いた。ようやく出家の希望を叶えた浮舟は、一心に手習をして日々を過ごした。
一方、宮中では明石中宮が横川の僧都から宇治で素性を知らない美しい女を助けたという話を聞き、もしや浮舟ではと考えていた。薫に伝えようかとも思うが、確証もなく言い出すことができない。
浮舟の一周忌を終えた薫は、雨の夜に明石の中宮と語り合った。薫を気の毒に思った中宮は、小宰相の君に僧都から聞いた話を薫に話すように伝えた。浮舟が生きていると聞き驚いた薫は、浮舟の弟の小君を連れて横川の僧都のもとを訪ね、その後浮舟と逢おうと考えた。浮舟との再会を思うと夢見心地になるが、もしもみすぼらしい姿になっていたり、他に男が通っていたりしたらと思うと気が気でない。
<第54回に続く>