はやみねかおる「『怪盗クイーン』は作者が時を超えて世界観を教えてもらえた」アニメ映画化で感じた、プロの世界の読み取り方【インタビュー】

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/23

1990年からたくさんの子どもたちに物語を届けてきたはやみねかおるさん。そんな彼の著書「怪盗クイーン」シリーズが、2022年の『怪盗クイーンはサーカスがお好き』に続いて映画館へ帰ってくることに。2003年に刊行された『怪盗クイーンの優雅な休暇(バカンス)』が2作目の劇場アニメとして5月23日に公開された。

ダ・ヴィンチWebでは、映画化を記念して、原作者のはやみねかおるさんへインタビューを実施。アニメ化から作家人生の今後までを伺った。

――『怪盗クイーンはサーカスがお好き』に続き、『怪盗クイーンの優雅な休暇』のアニメ映画化、おめでとうございます。ご覧になって、いかがでしたか?

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はやみねかおる(以下、はやみね):いやあ、アニメ制作に比べたら、物を書く自分の仕事はなんてラクなんやろうかと。自分は「豪華客船」という4文字を書けば、読者のみなさんが想像をふくらませてくださいますけど、アニメでは細かく描写して、見るからに納得感のあるものをつくりあげなきゃいけないわけですからね。

 たとえば客船に敷かれたシートに「WEDNESDAY」と書かれているんですけど、あれは毎日交換して、曜日を変えているのだと知って、ちゃんとアニメでも表現したんだと監督から教えてもらいました。そこまで取材しなくてはいけないのか、でもだからこそ説得力が生まれるのかと、ちょっと反省しましたね。

――CGを駆使した戦闘シーンも、小説とは違った迫力がありましたよね。

はやみね:ありましたねえ。ロシとロクの動きは、とても小説では表現しきれない躍動感がありましたし、クラサが如意珠を弾丸のようにはじく動きも、勉強になりました。なるほど、自分が書いたあの殺傷力を実現させるためには、ああいう動きで回転をかけることが必要なのか、と。ズキアとのポーカー対決もよかったですね。アニメ映画ならではの心理戦の表現に、わくわくしました。

――映画では多少、構成が変わっているところもありますが、観ていて「原作を大事にしてもらえているな」と感じたところはありますか?

はやみね:イルマ姫の葛藤と、それを自分自身で乗り越えて前に進んでいく姿を、きちんと解釈してジョーカーとの会話のなかに表現してくださったところでしょうか。僕が、読者の方にうまく伝わるといいなと思って描いたものが、きちんと映画のなかでも表現されていました。

 ただ、自分としては、『ローマの休日』のようなお姫様の恋物語を描きたくて、『~優雅な休暇』を書いたつもりだったのですが、ジョーカー役の加藤和樹さんが「ジョーカーのイルマ姫に対する想いは、恋心というより、自分の生い立ちと重なる部分があったからこそ、守ってあげなきゃいけないという気持ちの方が強かったんじゃないか」というお話をされていて。ああそうかあ、と納得しました。加藤さんの方が、ちゃんとキャラクターつかんどるやん、って(笑)。

――最初に原作を読んだとき、イルマにとってはきっと初恋だろうけど、ジョーカーはどうだったんだろう。恋心なのか、保護者のような気持ちなのか……と迷いました。はやみねさんとしては、恋心のおつもりだったんですね。

はやみね:そのつもりではありましたけど、自分にはハードルが高かったということなんだろうなと思っています(笑)。たしかに、守りたいという気持ちの方が強かっただろうなと自分自身、思うので。作者の方が、時を超えて教えてもらったという気持ちです。そういう気づきがあるというのは、ありがたいことでもありますね。

――『~優雅な休暇』を書いているとき、クイーンはもっと自由でもいいんじゃないかなという意識が生まれたと以前おっしゃっていました。そのことが、続くシリーズの基盤にもなったと。どのあたりで、その自由さを得るための殻を破られたのですか。

はやみね:いちばん勝手に動き出してくれたのは、ダイヤを守っている赤外線を突破するため、当時はやっていた『Dance Dance Revolution』というゲームになぞらえて、クイーンが特訓をするシーンですね。自分でも書きながら、遊んどるなあ、とわかって。何をするにも勝手に動き出して、遊びまわってくれるから、もう放っておいても大丈夫だなと思いました。これまでの青い鳥文庫にない、長い物語を書こうと思っていたので、キャラクターが自由に動き回ってくれることが必要だったんですよね。

――その自由さは、華麗なイリュージョンとともに表現されるわけですが、決して、なんでもありの魔法ではないんだな、と感じられるのも、読んでいてわくわくするところです。非日常でありながら、非現実ではないという。

はやみね:理系の人間なので、自分がちゃんと納得できないようなことは書きたくないんですよ。だからおっしゃるように、なんでもかんでも、魔法のように「アリ」にしてしまうのは好きじゃない。不思議な現象が起きるときは必ず、その裏側にちゃんと論理があるのだということを描くようにしています。

 ただ最近では、自分にも理解しきれないことを、必死でわかろうとして、理屈をつけてごまかしているような気持ちになることも……(笑)。

――ほかに、クイーンシリーズを書くときに、とくに意識していることはありますか?

はやみね:どのシリーズの、どのキャラクターを描くときも、美しくないことはやらせない、というのは共通しているんですけど、とくに徹底しなくてはいけないのがクイーンだなと思っています。ソファーでごろごろしながら、ワインボトルの首を切断してがぶ飲みするのは美しいんか、と聞かれたら、人によっては美意識に反するだろうなとは思うんですが(笑)、クイーンにはクイーンなりの理屈があって、それをやっているんですよね。その理屈を聞いた人が「そう言われてしまうと確かに……」と納得してしまうような筋はちゃんと通したいな、と。

――クイーンのぐうたらには、作法というか流儀がありますよね。あえてそれをやるのがいいんだ、という。だからたぶん、際限なくお酒を飲んでどんちゃん騒ぎをしたり、そのへんに空のボトルをたくさん転がしたり、ということはしないだろうと、読者の側も理解できる。

はやみね:それはあんまり美しくないですからねえ。いくら法律やマナーを守っていても、美しくないことは世の中にはたくさんある。同じ理屈でも、相手をいやな気持ちにして、打ち負かそうとするようなものは、自分は好きじゃないですね。

 逆に、クイーンは怪盗、つまりは泥棒で、法律に反する悪いことをやってはいるんだけれど、それをいかに「悪」として描かないかも意識しています。不可能を可能にしていくクイーンのカッコよさを、美しく生きることの例として子どもたちに提示できるように。

――ジョーカーとRDを描くときに意識していることはありますか?

はやみね:自分が意識しなくても、ジョーカーとRDは分別のある行動をとってくれますからね。法律というのは、分別のわからない人のためにつくられていると自分は思っているのですが、そういうややこしいものにとらわれなくても、ジョーカーとRDは、きちっとやってくれるだろうなあ、と信頼はしています。

 読者の方も、それぞれのやり方でカッコよくふるまう彼らを見て喜んでくれているので、できるだけ期待に応えたいなと思っています。夢水清志郎に関しては、動物園で檻のなかにいるのを見て「あそこにおるぞ、あんなことしてるぞ」っておもしろがられている感じだけど、クイーンの場合はもうちょっとアイドル的に推されている印象なので。

――デビュー作の『怪盗道化師』でも、怪盗の美学は描かれていましたし、はやみねさんにとって怪盗は特別だと思いますが、それに対する探偵というのは、どういう存在ですか。

はやみね:不可能を可能にする怪盗のありようを、探偵だけは見抜く。カッコよく謎を解く存在であってほしいなと思います。

――ちなみに、『~優雅な休暇』からは、世界に13人しかいない有能な捜査員として、ICPOに所属する探偵卿が登場します。本作に登場するイギリス人のジオットは、謎を見抜くどころか美しい女性に扮するクイーンにかなり翻弄されていますが……。

はやみね:そうなんですよね。もっとちゃんとしてほしいですよね。最初は、めちゃくちゃカッコいい探偵卿を13人、登場させるつもりだったんですよ。でも、2人目のヴォルフを書いたあたりから、万国びっくりショーみたいになってきてしまって。でも、もうじき最後の探偵卿、ものすごくカッコいい13人目が登場する予定なので、期待していてください。ジオットは、もう引退した方がいいと思う(笑)。

――でも、ジオットのポンコツぶりを含めて、ユーモアがあふれているのもまた、はやみねさんの小説の魅力ですよね。映画でも、痺れる戦闘シーンと、笑いどころのメリハリが利いていて、よかったです。

はやみね:最後は、自分も笑いましたねえ。まじめなシーンばかり続くと、子どもたちは飽きてしまうから、いろんな小ネタを入れ込むようにはしています。そうそう、映画で、クイーンがキャストパズルをやっているシーンがあったでしょう。執筆当時の2003年ごろ、僕自身がよく、知恵の輪で遊んでいたんですよね。最近、たまたま2003年に放送されたドラマを観返していたら、やっぱり、登場人物がキャストパズルをやっていましたし、流行っていたんだろうなと思い出して、懐かしくなりました。

 そういえば、自転車で山のてっぺんまで毎日走っていたころは、『都会のトム&ソーヤ』にも自転車のシーンを書きがちだったし、洗濯に対してものすごく凝り性なところは「モナミ」シリーズにも出ているし。自分がおもしろがっていることを味わってほしくて、ハマっているものをアイテムに使うことが多いんですよね。

――最近、ハマっているものって、なにかありますか?

はやみね:自転車が壊れているので、自分の足で走っていますね。あとは、ひまわり畑を育てている最中で、夏に花を咲かせられるよう、早いとこ整えないとなあと思っています。

――理系ならではの理屈だけでなく、はやみねさんの小説って、身体感覚が強いですよね。スポーツではなく、生きるうえでの五感がきちんと描かれているというか。

はやみね:毎日、無駄に動いていますからねえ。あとは、日々、自分の動きを描写する文章が脳内に浮かんでいるから、自然と小説を書くときにも出てきちゃうんじゃないかと思います。走っているときも、景色を見ているときも、情景を映像ではなく文章で描写して、記憶してしまうんですよ。

 デビューして5年くらいのころ、青い鳥文庫の大先輩に「どうしたら小説を書くためのビジョンが浮かぶんでしょうか」と相談してしまったくらい、映像は思い浮かばない。全部、一文ずつの文章で……というより、言葉が声になって浮かんでくるんですよね。だから、浮かぶものを全部原稿に書いていくと膨大になって、削らざるを得なくなっていく。

――『~優雅な休暇』のあとがきでも、「これでも金の密輸入に関するトリックや、伊藤真里さんと東亜新聞の西遠寺さんの出てくるシーンは、ぜんぶカットした」と書いていらっしゃいました。

はやみね:ああ、そういえば! 金の密輸入のやつは、今思い出しました(笑)。また違う話で使わせてもらおうと思います。ありがとうございます。

――どんなお話を読めるのか、楽しみです。ちなみに、65歳で引退するという宣言は撤回されましたが……。

はやみね:あちこちでお話ししていることですが、本当は去年、60歳になったときに引退するつもりだったんですよ。僕はもともと教師として働いていたので、その定年までは頑張ろうと。

 ところが働き方改革で、同期の連中も65歳まで働くことになったと聞いて、5年延長することにした……のですが、59歳で思いがけず、野間児童文芸賞特別賞をいただいて。33年も書き続けてえらかったなって感じの賞で(註:児童文庫の普及発展に対する長年にわたる功労をたたえられた)、すごく嬉しかったんですよね。よし、だったらもう33年書いてやろう、そしたらこんなふうに褒めてもらえるんや、と92歳まで書き続けることにしたんです。

――大延長ですね。ファンとしては嬉しい限りですが。

はやみね:ただ、65歳でいま書いているすべての物語の風呂敷を畳むという計画は、変わっていません。そのあとまた、92歳までの33年間で、また別の物語を描きたいなと思っています。どこかしらで繋がることにはなると思いますけどね。

――毎回、同じことを聞いて恐縮なのですが、この壮大な世界観、本当に畳み終わります?

はやみね:毎回、大丈夫ですって言っているんですけど、たぶん担当編集のみなさんがいちばん信用していないですね。でも、大丈夫です(笑)。

 今回、アフレコを見学させていただいて、みなさんがスタジオに入られたその瞬間からキャラの性格や心情を完璧につかんで演じられることに、衝撃を受けたんですよ。収録の前に、あれこれ打ち合わせをするのかと思っていたから。自分なんて、担当と打ち合わせをするとき、まず関係のない雑談をあれこれしてから、のんびり始めますからね。プロというのはこういう仕事をせなあかん、と思いましたので、頑張りたいと思います。まあ、難しそうですけど(笑)。

――締切前に自分を追い立てるために、クイーン、ジョーカー、RDを演じられたお三方(大和悠河、加藤和樹、内田雄馬)に声でメッセージをいただいたとも聞きましたが……。

はやみね:そうなんですよ!

「子どもたちが原稿を待ってる。ここで根性出すのが、物書きの美学っていうやつじゃないのかい。」
「作者が怠け者だからクイーンも仕事をしないんですね。さっさと書いてください。」
「私の計算によると、毎日23時間58分書けば締め切りに間に合います。大丈夫です。」

 ……僕が書いたとおりのセリフを、それぞれ快く吹き込んでくださって。切羽詰まったときに聴くんですが、これがよく効くんですよ(笑)。自分の頭のなかではもう、原稿を書くときも、この三人の声で再生されています。本当に、素敵なアニメにしていただけて、幸せでありがたいことだなあと思っています。

取材・文=立花もも、撮影=金澤正平

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