sumika片岡健太のエッセイ連載「あくびの合唱」/ 第12回『期待服がない』

文芸・カルチャー

公開日:2025/5/30

「格好よくない」 

鏡を見ながら絶望している。昨年まで似合っていたはずのストライプのシャツが、今年の僕にはまったく似合っていない。購入したときの思い出は今でも鮮明に覚えている。ツアーで福岡に行って、プラプラと散歩をしていた際、ショーウィンドウで一目惚れした服だ。試着する前から「多分、絶対に買うかも」と語彙が破綻したウキウキした感じ。早く着たくて店で着替えてホテルに帰った日を、昨日のことのように感じる。 
 
しかしである。半ばこのシャツを着たいがために衣替えをしていた節すらあるというのに、一年後に着たらあのトキメキが綺麗さっぱりなくなっていた。 

「去年より太ったのかな?」と思って体重計に乗ってみても、体重や体脂肪率は変わっていない。マッシュな髪型も、うっすら奥二重も昨年と同じまま。見た目が変わったようには思えない。とはいえ、クローゼットの中で服のサイズや色が勝手に変わるなんてことはないはずなので、どう考えても僕の何かが変わったはずだ。 

この一年で趣味嗜好が変わって、今年のモード的にストライプ柄のデザインを纏うのが気乗りしないだけかもしれない。そこで、昨年購入した他のお気に入りアイテムたちも着てみたところ、ほとんどの服がしっくりこないではないか。人の趣味は一年でそんなに変わってしまうもの?消費社会の権化に成り果てた自分に愛想が尽きて、しばらくクローゼットの中を無心でを見つめていた。すると、奥のほうでひっそりと畳まれていた、薄手のウインドブレーカーと目があった。長年畳まれてシワだらけになったこの服は、5年以上前に買ったものだ。試着した時はグッときたのに、家に帰って着てみたら「なんか違うな」となって一回も着ずに奥で眠っていた。何の気なくそのウインドブレーカーを羽織ってみると、思わず鳥肌が立った。 
 
……似合っていた。 

おかしい。あんなに似合わなかったのに。服単体で見ても2000年代の古着で、淡い水色のスポーティーな感じが、なんだかとても今っぽかった。 

咄嗟に「このトップスには……」とボトムのコーディネートで思いついたのは、これまたクローゼットの奥で眠っていたリーバイスのシルバータブだった。憧れて買ったけれど、一度も着る機会がなかった逸品が、数年の眠りから覚めて体にフィットしていく。出場機会に恵まれなかったキャップやリュックなどの小物なども、パズルのようにぴったりとハマッていった。 
 
僕はこれと似たような経験を何度か味わったことがある。 



先輩からおすすめしてもらった本が、既に自宅の本棚で積読されていたこと。 
テレビで紹介されて興味が湧いた調味料が、封も空けずにキッチンで放置されていたこと。 


僕の足りない脳みそでは立証できないけれど、おそらく起こるべくして起こっている一切合切なのだろう。すべてのものの旬は、必ずしも今ではないのかもしれない。意識的思考とは別の、動物的な直感や神の悪戯で先んじて出会っていて、来るべきタイミングで結ばれるもの。それらにバイオリズムがあるのならば、去年きた旬が5年後にもう一度くるかもしれない。僕には、権化が変化(へんげ)していく音が聞こえた。 
 
期待を込めてストライプのシャツに袋をかける。 

代わりにメインのラックにやってきたウインドブレーカーとシルバータブ。 

手に入れたものには、きっとすべてに意味がある。 

また会おうじゃないか。僕には期待服がある。 

撮影=片岡健太
撮影=片岡健太

編集=伊藤甲介(KADOKAWA)

<第13回に続く>

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片岡健太
神奈川県川崎市出身。sumikaのボーカル&ギターで、楽曲の作詞作曲を担当。キャッチーなメロディーと、人々に寄り添った歌詞が多くの共感を呼んでいる。これまで4枚のフルアルバムをはじめ、精力的に楽曲をリリース。ライブでは、人気フェスに数多く出演するほか、自身のツアーでは日本武道館、横浜アリーナ、大阪城ホールなどの公演を完売。2023年には、バンド史上最大規模の横浜スタジアムワンマン公演を成功に収めるなど、常に進化し続けるバンド。