彼が死ななければこの恋は始まらなかった……大人が泣ける10万部ヒット作が復刊!切ない青春ラブストーリー『夏空に、きみと見た夢』【書評】
更新日:2025/6/16

「彼が死ななければこの恋は始まらなかった」——そんな残酷な恋の物語にここまで切ない思いにさせられるとは思わなかった。その作品とは『夏空に、きみと見た夢』(飯田雪子/ハーパーBOOKS+)。10万人が涙した感動作を大幅改稿し復刊した名作だ。孤独感を抱える女子高生が出会った、ひと夏の奇跡。高校生のラブストーリーは数多くあるが、この物語は、かつて高校生だった大人たちも思わずウルッとくるに違いない。
主人公は、その「見た目のよさ」で一目置かれている高校三年生の悠里。そんな彼女は、ある日の放課後、他校の見知らぬ男子生徒に声をかけられる。またいつもの告白か、と断りの言葉を口にしようとした悠里だったが、意外なことに彼は、きみのことが好きだった広瀬天也(たかや)という男子の葬式に来てほしい、と告げる。土下座までして頼みこまれ、苦しまぎれに「バイトなら行く」と不謹慎な額をふっかけたものの、その金額を払うと言われしぶしぶ葬儀に参列することに。だが、その日から悠里の身の回りでは奇妙なことが起こり始める。誰もいないはずの場所から感じる視線、どこからともなく聞こえてくる途切れ途切れの声、無言電話……。まさか、広瀬天也の祟りなのだろうか。
会ったことも話したこともない、悠里のことを好きだったという男子の葬式から始まる導入部は思いがけずホラーチックだが、そこから青春ラブストーリーへ展開していく面白さに、読みながらどんどん引き込まれる。悠里に限らず、誰かからの一方的な想い(怪異つき)に、少し気味悪さを感じてしまうのも無理はないよなぁと共感していたら。ある事件をきっかけに天也がどれほど彼女のことをまっすぐ愛していたのかを、読者も、彼女も知ることになる。そして、次第に天也の存在を無視できなくなっていくのだ。
この物語にどうして心動かされるのかといえば、天也の穏やかな愛によって悠里が変わっていくさまが丁寧に描かれているためだろう。悠里は愛なんて信じていなかった。母親は不慮の事故でこの世を去り、父親にはすでに新しい恋人がいるのだから、悠里からすれば、「永遠の愛」なんて信じたくても信じようがないのだろう。行き場のない苛立ちを父親やその恋人にぶつけ、人を上辺だけで判断し、恋人も見た目で選んできた悠里は、いつ誰といても自分の居場所を見つけられずに孤独を抱えていた。だが、天也の人となり、そして彼が自分を好きになった理由を知ったところから、くすんでいた彼女の世界は鮮やかな色を帯びていく。自分が投げやりに付き合っていた彼氏や、今までの恋人関係について。ただの刹那的な関係だと思っていた友だちについて。そして、父に今まで聞けなかった母への思い……。天也を知るにつれて、悠里は、人を愛することのかけがえのなさを知り、自分を大事に思ってくれている人たちの想いにも気づかされていく。
誰かを愛すること、誰かに愛されることはなんて素晴らしいのだろう。それを教えてくれた天也は、悠里と、今までも、これからも、決して触れ合うことはできないという事実はあまりにも切ない。だけれども、この物語の読後感は何とも清々しい。夏空のように爽やかで、あっという間にすぎていき、そして、心に忘れられない思い出を残してくれる。そしてただの青春ラブストーリーというだけではなく、社会に出て経験を重ねた大人の心にも不意に刺さるような、歳を重ねるにつれ、いろいろな事を諦めたり忘れたりしてしまった何かをふと思い出すような、大人だからこその感慨もある。出会えなかった二人の恋、奇跡の物語を、この夏、あなたも是非手にとってみてほしい。「愛なんて」と思っている人ほど、きっとこの物語に心動かされるだろう 。
文=アサトーミナミ