『神童』、『トトの世界』の作者・さそうあきら最新作『絵師ムネチカ』。人知を超えた絵の才能が、すべてを狂わせていく――【書評】
PR 公開日:2025/6/20
淡々とした筆致ながら強いメッセージ性を秘め、繊細さと大らかさを併せ持つ独特のヒューマニズム表現を得意とする漫画家・さそうあきら氏。数々の高名な漫画賞の受賞、幾度とない著作の映像化、マンガ学の講師としての側面など、その功績は枚挙に暇がなく、今やマンガ界の巨星と称しても過言ではないだろう。そんな彼が描く最新作が『絵師ムネチカ』(さそうあきら/双葉社)だ。2025年6月12日に第1巻・第2巻が同時発売された。


家主を亡くした住宅の一室。清掃員が見たのは、山のように積まれたスケッチ画の束と、部屋中に描かれた本物と見紛うほどに洗練された「絵」の数々だった。果たして、この異様な絵を描いた人物とは? 物語は天才絵師・鈴木ムネチカの数奇な人生を追うかのように語られていく。


本作の主人公である高校生・ムネチカは、無欲で朴訥とした性格の持ち主だが、絵を描くこと以外は興味が持てない変わり者。社会にまったく順応せず、ひたすら絵に執心し続けるという奇行から、周囲の人々から軽んじられる毎日を送っていた。
しかし、ムネチカが描く絵には魔性とも呼ぶべき魅力が宿っており、その絵に惹き寄せられる人々は、徐々に人生を狂わせていくのだった……。
さそう氏がこれまで描いてきた『神童』、『マエストロ』、『ミュジコフィリア』などでは、芸術としての「音楽」が主題だった。対して、今回のテーマは満を持しての「絵」だ。漫画家である自身の原点とも言える表現手段について真正面から向き合うとあれば、作品全体から漂う迫力もひとしお。
「良い絵を観て、人生観が変わった」というような明るい話は巷にありふれているが、本作では、優れた芸術が内包している純粋かつ無軌道なエネルギーが、人間の人生を左右してしまうという危うさを戯画化するかのように徹底的に描いていく。ムネチカの絵は比喩表現でなく、本当に人の人生を変えてしまう力を持っているのだ。力にあてられたことで救われる者もいれば、破滅的な結果を迎える者も存在する。その差は薄氷を踏むように紙一重だ。
そして、それは絵を生み出す側であるムネチカ自身も例外ではない。絵の導きによって、天国と地獄を行き来するような人生を送ることになるムネチカは、この先、どのような結末を迎えていくのか……。
まるで、「究極の芸術が目前に現れた時、人間はどう反応するか」という作者の思考実験のような本作品。一体、いかなる結論に到達するのか、緊張感を抱きながら読み進めずにはいられない。
文=一ノ瀬謹和