第23回『このミス』大賞「隠し玉」作品! 魔女が信じられていた中世ヨーロッパを舞台に、魔女裁判にかけられた少女の無実を証明できるか? 新人作家が紡ぐ圧巻のリーガルミステリー【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/6/26

魔女裁判の弁護人
魔女裁判の弁護人君野新汰/宝島社

 物語の世界において「中世ヨーロッパ」というのは魅力的な舞台だ。最近の日本のエンタメにおいても、特にファンタジー系作品で中世ヨーロッパを想起させる世界は定番的な舞台となっている。騎士、魔術、魔女、錬金術……。物語にそんなワードが出てくるとワクワクする人は多いだろう。

 一般に中世ヨーロッパというのは、ルネッサンス以降に啓蒙思想が広がる中で「暗黒時代」といわれた時代でもある。キリスト教が絶対とされた社会では「神の力」の否定につながりかねない科学はなかなか発達せず、人々の間には思い込みや迷信がはびこっていたためだ。悪魔と契約し人や家畜に害を及ぼす存在、「魔女」という概念が生まれたのもそうした社会ゆえのこと。中世末期15世紀の終わりに魔女の概念は一般に広まるようになり、ひとたび魔女の疑いをかけられた女性は魔女狩りで捕らえられ、理不尽な魔女裁判ののちに多くが処刑された。

 このほど新人作家の登竜門『このミステリーがすごい!』大賞の「隠し玉」(受賞には及ばなかったものの、将来性を感じ編集部推薦として刊行する作品)として選ばれた『魔女裁判の弁護人』(君野新汰/宝島社)は、そうした魔女裁判をめぐる異色のリーガルミステリーだ。舞台は16世紀の神聖ローマ帝国。神聖ローマ帝国はヨーロッパの中でも特に魔女裁判が多かったとされる現在のドイツのあたりのエリアであり、その犠牲者は約2万5000人にも及ぶという。裁判のピークは16世紀とされており、まさにこの物語の舞台と同じだ。近世になり法律書や裁判システムが整っていったことが物語でもうかがえるが、その実態はかなり偏見に満ちたものだったことに驚かされるだろう。

 神聖ローマ帝国屈指の名門・エルンスト大学(架空)の法学部教授だったローゼンは、旅の途中でアルプス山脈に程近い小さな村で「魔女裁判」に遭遇する。水車小屋の管理人を魔術で殺したと告発されていたのは17歳の少女・アン。法学者としてアンを審問し彼女の無罪をひそかに確信したローゼンは領主であるランドセンに許可を取り、旅の道連れである14歳の少女・リリを助手に事件の再捜査に着手する――。実は当時の魔女裁判を覆すのはほぼ不可能なものだった。魔術という謎の多い現象だからこそ「魔術による犯行ではない」と証明するのはかなり困難であり、弁護人とはいえあまり被疑者に肩入れすれば逆に「魔女の仲間」にされて処刑される危険も伴った。なかでもアンの場合、彼女の母はすでに魔女として火刑に処されていたことで、「アンは魔女だ」との考えは村人の間で相当に根強かった。そうした絶望的な状況をローゼンはいかにして覆すのか、異色の舞台設定の中で丹念にひとつひとつを組み上げていく推理の面白さが本書の読みどころだろう。

 なお著者の君野新汰氏は金沢市在住の精神科医。デビュー作からいきなり「魔女裁判」という異色の世界をしっかり描き、たくみに謎解きを紡いでいく力は本当にすごい。これから注目すべき作家の一人であることは間違いない。

文=荒井理恵

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