女性は男性より触覚が鋭い? 動物の感覚にまつわる最先端の研究が、人間の五感を超えた「12の感覚」を解き明かす【書評】
公開日:2025/7/24

私たちは、周囲の環境をどのように認識しているだろうか。きっとすぐに思い浮かぶのは見ること、聞くことだろうが、それだけではない。匂いを嗅ぐこともあれば、触れて確かめたり、口に含んで味わったりすることもある。これが、私たちの体に備わる五感だ。……さて、私たちが感じ取れるのは本当にそれだけだろうか。
『人間には12の感覚がある 動物たちに学ぶセンス・オブ・ワンダー』(ジャッキー・ヒギンズ:著、夏目 大:訳/文藝春秋)は、オックスフォード大学院卒・動物学専攻の著者が、人間と動物の感覚にまつわる研究結果を紹介し、感覚の奥深さと面白さを読者に伝えてくれる。
この世界には、全盲でありながら活躍する画家がいる。ものに触れて絵を描く彼は、どのように世界を“見て”いるのだろうか。羽化したばかりの雌の蛾が、一晩で大量の雄の蛾を呼び寄せた。動物は何によって、性的対象に吸い寄せられるのだろうか。
これらの「なぜ」について、本書は実際に行われた研究をもとに紹介していく。その中で、ニッチなテーマに対して飽くなき探究心を持ち続ける、研究者の魅力的な横顔も見えてくる。本書の中で中心的に描かれているのは、動物たちが世界をどのように感じ取るのか興味を抱き、彼らの素晴らしい感覚に着目した研究者たちだ。また、各章のテーマを象徴する動物たちは、いずれも日常でなかなか目にしない顔ぶれである。多様な動物たちの生き様や感覚をリアルに想像できるのも、独特の読書体験であった。
「女性は男性より触覚が鋭い?」という問いの答えも、本書は明示している。この言説について以前耳にしたことがあって、「つまり女性は男性より繊細ということだ」と、私は何の根拠もなく結論づけていた。しかし本書が紹介している研究結果によると、触覚の鋭敏さに影響しているのは、性別ではなく手の大きさなのだという。詳しい理由は、ぜひ実際に読んで確かめてほしい。
本書を読むと、感覚について、いかに多くの思い込みをしていたか、あるいは考えていなかったか気付かされる。五感という区分が適しているのかも、わからなくなる。なぜなら、脳は私たちの想像を超えた柔軟さで適応し、世界を認識するからだ。かの有名なヘレン・ケラーは、視覚と聴覚の代わりに触覚で周囲を感じ取り、世界を知ることができた。その触覚は、視覚・聴覚が備わった健常者に比べ、極めて鋭敏であった可能性が高いそうだ。
私たち人間を含めた動物は、実に豊かで複雑な感覚を通じて世界を感じ、生きている。仮に同じ人間同士であっても、どう感じているかは個々人によって異なる。その違いについて学ぶと、世界へ向けるまなざしが変わる。感覚における多様性が、これほどに広いとは。その発見がくれる感動は、まさに「センス・オブ・ワンダー」である。
書店ではおそらく「科学(サイエンス)」に分類されると思うが、その分野に明るくない人にも手にとってほしい一冊だ。私自身、科学・生物学の本を好んで読む人間ではないけれど、好奇心をくすぐられるテーマと研究者たちの物語の引力が強く、ページをめくる手が止まらなかった。科学書を手に取るのは初めてという人にも、「まっさらな気持ちで読める人ほど面白いはず」と、安心して勧められる。
文=宿木雪樹