東川篤哉の散歩しながら推理するシリーズ第2弾! 日常の謎から密室殺人まで描く『谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる』【インタビュー】
公開日:2025/7/24
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年8月号からの転載です。

昔ながらの下町風情が残る谷中・根津・千駄木、通称〝谷根千〟エリア。この地をぶらぶらと歩きながら謎を解くユーモアミステリーに、約5年ぶりの続編が登場した。主人公は、鰯のつみれ……ではなく岩篠つみれ。鰯料理専門の居酒屋「鰯の吾郎」の看板娘にして、20歳の女子大生だ。ちなみに、店主を務めるひと回り年上の兄は岩篠なめ郎。この冗談みたいな名前の兄には、開運雑貨店「怪運堂」を営む竹田津優介なる友人がいる。彼の推理力に目をつけたつみれは、身の回りで事件が起きるたびに竹田津の店に駆け込み、謎を解き明かしていく。シリーズ第2弾には、猫や墓地など土地柄を感じさせるモチーフがふんだんに盛り込まれ、ご当地小説としての面白さもさらに増している。
「1作目を書いた時は、ミステリーとしてのつじつまを合わせるのに一生懸命で、あまり土地のことを書けませんでした。なので今回は、より谷根千らしさを出せたら、と。続編を書くにあたってまた取材に行き、根津神社のお祭りも見てきました。とはいえ、お祭りの話は出てこないんですけど(笑)」
入り組んだ路地を歩き、町の人たちとやりとりしながら事件の真相に迫る様子は、まさに散歩。推理と町歩きは、実に相性がいい。
「僕は安楽椅子探偵ものを書くことが多いんです。このシリーズも、竹田津さんが店に座ったまま推理することはできますが、舞台が谷根千なので歩き回ったほうが面白くなりそうですよね。他の作品との差別化も図れますし、顔見知りの人たちが登場することで下町感も出るのではないかと思いました」
日常の謎でも殺人でもない一風変わった短編も
前作に続き、シリーズ第2弾も4編を収録。表題作「密室の中に猫がいる」は、タイトルどおり猫×密室殺人もの。又姪と甥が泊まりに来た夜、老婆が角材のようなもので頭を殴打されて亡くなった。だが、部屋には鍵がかかっており、凶器も見当たらない。室内にいたのは死体と1匹の猫だけ。一体、この部屋で何が起きたのか。そして犯人は誰なのか。
「この密室のアイデアは、僕がアマチュア作家だった頃に考えたものです。当時書いたものはコンテストで入選できませんでしたが、今回あらためて挑戦してみることにしました。谷根千が舞台なので、猫が登場するのもちょうどいい。1作目を書いたあと、竹田津さんに飼い猫がいればよかったと思っていたので、事件解決後には竹田津さんがこの猫を引き取ることになります」
「お墓の前で泣かないで」は、墓地を舞台にしたミステリー。つみれと友人の島田理穂がお墓参りに向かうと、島田家の墓の前で見知らぬ中年紳士が手を合わせていた。目もとに光るものを浮かべ、そそくさと立ち去った男性は何者なのか。もしや理穂の実の父親では……と妄想たくましくするつみれだったが、事態は思わぬ方向へと転がっていく。
「取材で谷中墓地を訪れたことがきっかけで、このアイデアを思いつきました。僕の作品では、あまりないタイプのミステリーですね。凶悪事件ではないけれど、日常の謎でもない。お墓の前で泣いている紳士は誰なのかという入り口から、最終的に犯罪につながっていく。このシリーズの世界観に合った謎ですし、収録した4編の中では特に気に入っています」
続く「大学祭で消えた男」で解決するのは、日常の謎。ふたりの友人と大学祭に行き、落語研究会の演芸大会を観ていたつみれ。だが、会場後方で舞台を眺めていた男性が、突然部屋を出ていき、忽然と姿を消してしまう。
「シリーズ1作目は春から夏のお話だったので、2作目は夏から冬を描くことに。秋らしく、大学祭を舞台にした短編にしました。最初は、人間消失の話を書こうと思ったのかな。それ以外のアイデアはあとから足していきました。前作にも登場した関西弁の友達、諸星千秋さんも登場します」
ラストを飾るのは「お巡りさんと『散歩』してみた件」。ある住宅から飛び出してきた紫色のダウンジャケットの男性と、ぶつかってしまったつみれ。偶然現れた斉藤巡査と一緒に家の中を覗いてみると、室内では家主の女性が頭部から出血して倒れていた。先ほどつみれと衝突した人物が犯人なのか。斉藤巡査はある男性が怪しいと決めつけるが、つみれは釈然としない。そこで竹田津に相談すると、彼は犯行現場のストーブの火が消えていたことに着目する。
「ジャンルで言うと、アリバイものになるんでしょうか。僕はよくこういうトリックを書くんですよね。このエピソードで斉藤巡査と散歩することにしたのは、冒頭でつみれさんが彼と一緒に被害者を発見したから。ふたりで現場に踏み込んだので、そのまま彼らが散歩することになりました」
その後、あらためて竹田津と散歩に出かけ、ラストはつみれの兄が営む居酒屋で真相を解明。竹田津への愛情が深すぎるなめ郎と、塩対応の竹田津、ふたりの不思議な関係は、前作でも話題を呼んだ。
「このふたりの関係は、正直なところ僕にもよくわからないんです(笑)。単に、なめ郎が一方的に竹田津さんのことを好きなだけ。どうせたいした経緯はないでしょうから、彼らの過去を深掘りしても……ねぇ?」
下町の素人探偵だからこそバラエティ豊かな謎解きに
ご存じのとおり、東川さんと言えば数多くのシリーズ作品を抱えるベストセラー作家。新米刑事のお嬢様が持ち込む事件を執事が解決する「謎解きはディナーのあとで」シリーズ、高校の探偵部員たちが推理を繰り広げる「鯉ケ窪学園」シリーズなどさまざまな作品がある中で、このシリーズはどのような位置づけなのだろうか。
「例えば『謎解きはディナーのあとで』の場合、主人公が刑事なので、殺人事件が起こり、現場に駆けつけ、死体を調べて、容疑者を尋問して……と毎回同じような流れになります。でも、素人探偵だとそうはいきません。毎回たまたま凶悪事件に巻き込まれるのも不自然なので、いかにして自然な形で事件に関わるのか考えなければならない。すべて日常の謎にしてもいいのかもしれませんが、僕は殺人事件のほうが書きやすいのでそれも難しい。下町が舞台の素人探偵ものだからこそ、このシリーズでは日常の謎、殺人事件、殺人まではいかない事件を混ぜ合わせて書くことになったのだと思います。刑事と素人探偵、両方のシリーズを書くことで、自分の中でバランスを取っているのかもしれないですね」
謎解きはもちろん、つみれたちのかけあいも楽しく、登場人物への愛着は増すばかり。当然、シリーズ第3弾にも期待してしまうが……?
「もし続けるなら、つみれさんは年を取るのかな。ずっと20歳のままでもいいんでしょうか。ともあれ、明確な終わりがある話ではないので続けられないこともありません。続きが出るかどうかは……どうなんでしょう、読者の評判次第ですね」
取材・文=野本由起、写真=川口宗道
ひがしがわ・とくや●1968年、広島県生まれ。2002年、光文社カッパ・ノベルスの新人発掘プロジェクト「KAPPA-ONE」にて『密室の鍵貸します』が推薦されデビュー。11年『謎解きはディナーのあとで』で第8回本屋大賞を受賞しミリオンセラーに。「烏賊川市」シリーズ、「鯉ケ窪学園」シリーズなど著書多数。

『谷根千ミステリ散歩 密室の中に猫がいる』
(KADOKAWA)1925円(税込)
下町情緒あふれる東京・谷根千の路地裏に、怪しくたたずむ雑貨店「怪運堂」。女子大生の岩篠つみれが難事件を持ち込むと、店主の竹田津優介は彼女をともない、ふらりとお出かけ。散歩をしながら、謎を解き明かしてみせる。死体と猫だけが残された密室殺人に迫る「密室の中に猫がいる」など4編を収録した、ゆるすぎる名探偵&迷推理女子の人気ミステリー第2弾。
【既刊】

『谷根千ミステリ散歩 中途半端な逆さま問題』
(東川篤哉/角川文庫)836円(税込)
バーベキュー中、先輩が踏まれてもいない足を痛がったのはなぜか。留守宅で、居間に置かれていた調度品や金庫が中途半端にひっくり返されていた理由とは。さらに、風呂場で見つかった変死体の謎に迫ったり、アパートの2階から飛び降りた泥棒の正体を突き止めたり。4編を収めたお散歩ミステリー第1弾。