大友花恋「柑橘の文字をかじる」/第8回『あやかし開化の音がして 降魔の家に嫁に行く』
公開日:2025/7/18

おおとも・かれん●1999年10月9日生まれ、群馬県出身。雑誌「Seventeen」で専属モデルを務め、現在は「MORE」専属モデルとして活動中。「今日、好きになりました。」(ABEMA)ではレギュラー見届け人を務める。近年はドラマ「正しい恋の始めかた」(EX系/2023年)で主演を務め、ドラマ「フィクサーSeason3」(WOWOW/2023年)、「トークサバイバー2」(Netflix/2023年)、「厨房のありす」(NTV系/2024年)などに出演。

『あやかし開化の音がして 降魔の家に嫁に行く』(尼野ゆたか/集英社オレンジ文庫)発売中 定価825円(税込)
怖いものが苦手である。
小学生の頃。のっぺらぼうや口裂け女などの怪談話を聞いたあとは、母にトイレまでついてきてもらった。今でも、自分が出演したホラー作品でさえ昼間にしか見られない。怪談話やホラー作品に登場する妖怪は、得体が知れない上に、人間を騙したり危害を加えたりする、恐ろしい存在だからである。
この小説の舞台は、明治維新の直後。
妖怪のなかでも海外からやってきた怪異「洋怪」にまつわる厄介事を、隠密のうちに解決する政府の部署「妖務課」で働くことになった明子の物語である。
面白いのは、明子が、事件に不可抗力で巻き込まれていく「か弱い」悲劇のヒロインではないという点。彼女は、武術で名を轟かせた甲州武家・四方津家の当主である。父親が明治維新の薩長土肥との戦いで姿を消したことが発端で、彼女も家を離れ、父親の信念を心に受け継ぎながら、一人東京で生き抜こうとしている。幼い頃から、進んで武士としての手ほどきを受け、鍛錬してきた彼女は、妖務課で働く才能を見出され、自らの意思で「洋怪」と向き合っていくことを決めたのだ。
性別も身分も、かつての敵味方も、自分の信念で弾き飛ばし正しく進んでいく明子を見ていると清々しい気分になる(そして、文章のなかから音が聞こえてきそうなほどの激しい戦いにも善戦する彼女の強さも清々しい)。
心身共に強い彼女は、物語にまっすぐな光の道を作ってくれている。
とはいえ、そんな彼女のまっすぐさを揺るがすものがあり、読者もグッと惹きつけられる。「洋怪」ではない。気品としなやかな強さを持つ男性、治尊の存在である。治尊は、黒妖犬(黒く大きく獰猛な犬のような「洋怪」)に追い詰められていた明子を助け、自身も勤める妖務課に誘った人物である。
ちなみに明子は、妖務課着任と同時に、治尊に婚姻を申し込まれ、承諾している。そう、婚姻! これがなんとも物語の味わいを深めている。恋ではなく、仕事をする上での婚姻関係だったはずの二人が、「洋怪」を前にしたいくつもの修羅場を乗り越えていくうちに仕事仲間以上の絆を感じていくのは、たまらない展開である。
激しい戦いの合間に見られる、治尊の優しさと意外に子供らしいチャーミングさ。食後のデザートを味わったあとにまたしょっぱいものが食べたくなる、甘いとしょっぱいの無限ループのように、物語を引き締めたり緩めたりする。こんなの、ページを捲るのをやめられる訳がない。
ああ、ずるい。もちろん最上級の褒め言葉だ。
ところで、冒頭に書いたように、私は怖いものが苦手である。黒妖犬、座敷童子、天狗、ヴァンパイアと次々に妖怪が登場する本作。しかし、不思議なことに、嫌な引きずり方をするような恐怖は感じなかった。それは、著者が妖怪も人間も同じように丁寧に描いているからではないかと私は思う。得体が知れない上に恐ろしい存在という描かれ方では終わらないのだ。人間の中にも様々な人がいるように、妖怪にもそれぞれの個性がある。
筆者の描く「洋怪」や明子を見ていると、肩書きや枠組みで相手を判断してはならないことを改めて感じる。
この小説は、日本の歴史や人としての美しい在り方を、読者の心を摑むエンターテイメントの延長で教えてくれるのだ。
これからも、妖しく清いこの物語に、タイムスリップしていきたい。
<第9回に続く>