『わたしの幸せな結婚』8作目はシリーズ初の短編集!さまざまな困難に立ち向かう、シンデレラストーリーにとどまらない作品の魅力とは【書評】

文芸・カルチャー

公開日:2025/7/18

わたしの幸せな結婚 八
わたしの幸せな結婚 八顎木あくみ/KADOKAWA

 愛されていると実感できること、愛する存在がいること、どんなときも味方でいて、信じてくれる人がいること…自分にとってそう思える存在がいることが、どれだけ自分に力を与えるだろう―。

わたしの幸せな結婚八』(顎木あくみ/KADOKAWA)の主人公である美世の成長っぷりを1巻から振り返ると、そう思わずにはいられない。自分で自分を信じることすらできなかった女の子が、堂々と振る舞い、立派な淑女になっていく姿に、母にも似た温かな気持ちになる。本作は、読んでいて幸せを願ってしまいたくなるような主人公が魅力のひとつだ。

「わたしの幸せな結婚」シリーズは、顎木あくみ氏による大正時代を舞台にしたライトノベル。2019年に1巻を刊行して以降、シリーズは現在までに8作品が刊行され、シリーズ累計900万部を突破している。原作をもとにマンガ化、実写映画化、アニメ化と幅広くメディア化されており、好評だったテレビアニメは2025年1月に第2期も放送した。

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 本作の舞台となるのは、日本古来の美意識と西洋文明の流行が織りなす架空の時代。継母たちから虐げられて育った少女・美世が、孤高のエリート軍人・清霞と出会い、ぎこちないながらも互いを信じ、慈しみ合いながら、生きることのよろこびを知っていく――政略結婚から始まる和風シンデレラストーリーだ。

 物語の大きな軸は清霞と美世2人の結婚であり、タイトルも「わたしの幸せな結婚」であるため、単純なラブストーリーと思われがちだが、本シリーズではただのラブストーリーとは言い切れないさまざまな困難に2人が立ち向かっていく物語でもある。

 彼ら夫婦に立ちはだかるのは「異能」と「異形」。彼らに脈々と流れる「異能」という特殊な能力はときに家同士の争いを生み、脅威として畏れられ、人生を翻弄される。また、「異能持ち」と「異形」との戦いや因縁もある。これまで婚約、結婚に至るまでさまざまな困難に遭遇しつつも、その度に清霞と美世は少しずつ歩み寄り、互いを思いやりながら乗り越えてきた。

 ようやく結婚式を執り行うことができたシリーズ7作目に続き、8作目となる本作はシリーズ初の短編集となっている。著者の顎木あくみ氏が新規で書き下ろした2本のほか、これまで Web上に公開していた短編「掌編の玉手箱」もあわせて1冊にまとめられている。

 なかでも収録されている短編「霖雨がやむとき」は、大学時代の清霞が大事なものを失い、人生を一変させる決意を抱いたきっかけとなった過去の事件について描かれている。本編につながっていく内容となっているので、シリーズを通して読んでいる方は必読だ。

 大学時代、自分の進路に悩みながらも対異特務小隊の任務を請け負っていた清霞。当時対異特務小隊隊長であった五堂壱斗から執拗に軍に勧誘され、辟易していたときに現れたのが、伝説の異形「土蜘蛛」だった。7巻ではとある屋敷から発見された土蜘蛛の脚によって挙式が危ぶまれたが、8巻では清霞にとっての因縁の相手であったということが明らかになる。

 これまでの敵は、どちらかというと欲にまみれた異能を持つ人間だった。けれど7巻からは異形そのものが敵となって現れており、今後の物語での大きな敵として「土蜘蛛」が立ちはだかるだろうと予測できる。軍人を辞める清霞がどのように異形を迎え撃つのか、そのとき美世はどう動くのか。過去の土蜘蛛との因縁をこのタイミングで描いたことで、これから先の物語の展開の幅が広がりそうだ。

 今後の伏線をちりばめた短編と、2人の愛おしい日常がコミカルに描かれた8巻。アニメや映画などを観て続きが気になっている方は、ぜひシリーズを通して読んでみてほしい。

文=鈴木麻理奈

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